仕事中や移動中、そしてプライベートタイム。ひとりの時間にはいつも音楽が寄り添っている。自分の生活を形成する、9曲にして究極のプレイリストとは!? 第12回に登場するのは、舌鋒鋭い国際ジャーナリストでありながら、精力的な音楽活動でも知られるお茶の間の人気者、モーリーさん! 破天荒でドラマチックな黒人音楽偉人伝を紐解く先にあったのは、なんと“隣人を愛する方法”だった!? 社会問題とダンスミュージックが交錯する、現代人必読・必聴カルチャーレッスン、開講!

1時間目 「そもそも黒人/白人音楽って?!」 〜 知ろうとしたら見えてきた本当の歴史、本当の気持ち

最近ステイホームの期間に、自分が子どものころ純粋なリスナーとして聴いてた音楽ってなんだっけ、とふとルーツに立ち返ってみたのね。自分探しみたいに(笑)。思えばAMラジオのヒットチャートに釘付けだった14 〜 15歳くらいのころ、1970年代というのは、白人中心社会で格下扱いを受けてきた黒人音楽が、差別を打ち破って大ヒットを飛ばし始めた時代。Black Lives Matterが拡がってるいまこそ、あの激動の時代を振り返って調べてみる意義もあるんじゃないかと思って。

もともと60年代中盤くらいまで、僕が生まれ育ったアメリカでは人種隔離の方針がラジオ局にも浸透してて、白人ラジオ局では黒人音楽はかからなかった。黒人音楽って、歌詞になーんか性的なメッセージがあったりするのね。それも娯楽っていう感じで。ところがクリスチャンな中産階級の白人のラジオとかメディアはそれを「はしたない」、「青少年に良くない」と排除する。でも、大人が聴くなというと聴きたくなるでしょ(笑)? それでこういうクロスオーバーな音楽が生まれてきた。

いまになってジミヘンの曲をギター片手に紐解いてみると、ジャズ特有のテンションコードが効果的に混ざってたり、R&Bやアフリカ、キューバン音楽の下地があったりするんですよ。そういう理論的な解説をしているサイトに入会してみてやっとわかった。すぐ指痛くなってやめちゃいましたけどね、せっかく30ドル払ったのに(笑)。

でもおかげで、もうジミヘンがジャズにしか聴こえないくらい。ツェッペリンにしても、古ーいミシシッピブルースを大量に引用したり、丸パクリして訴えられたり(笑)、みたいなことを10年以上やってたりするの。デビッド・ボウイの「Fame」も、プロ中のプロのスタジオミュージシャンが本場のソウルを演奏してる中に、自分で弾いた拙いギターフレーズをあえて入れてたりして。ちょっと教養がないと読み解けないような試みをしてたりする。

こういうのは「黒人音楽をパクって金儲けしておいて、黒人に配当しなかったじゃないか」って指摘する人もいるんだけど、そんな簡単な話じゃない。ミシシッピデルタのブルースは要はアメリカ南部のコットン農場、綿摘み労働を背景にしてて。当時の黒人コミュニティの若者にとっては、低賃金労働だったり、奴隷制の名残がある歌詞も多かったから、屈辱的だと嫌悪されて、忘れかけられてもいたのね。

つまりビンテージになってたかつての自分たちの音楽が、イギリスの白人の手でリバイバルされて、アメリカに再輸入されてヒットしたっていう側面もあって。アメリカの国民自身が、自分たちの受け継いだ財産を恥ずかしく思っていた時期に、白人たちが別のアレンジでかっこよさを再認識させてくれたようなとこもあるわけですよ。

こういうことをすぐ調べる癖がついたのは、ジャーナリストになって良かったところ(笑)。やっぱりそこにいる人たちの気持ちが想像できると全然違う。白人と黒人の気持ちを一方から簡単に断定できないのは、音楽だけじゃなく現代の社会問題にも当てはまる大切なことなんだよね。

2時間目 「売れてしまえば誰もがヒーロー?!」 〜 ポップス界になだれ込んだレジェンドたち!

黒人音楽は差別・格差の下に置かれてたから、白人の倍ぐらい才能がないと世に認められなかった。白人のつくった世界が嫌なら貧乏になるしかない、でもそこで差別や人種隔離をものともしないすごいヤツらがいたんだよ! ここの3曲は、神ワザと肉体力でもって大ヒットを出しながらスキャンダラスに大暴れして、黒人音楽を華々しくブレイクスルーさせたスーパースターたち。

ハービー・ハンコックはもともと、クールジャズ時代のマイルス・デイヴィスバンドにいたジャズメン。「Chameleon」は決して目鼻がはっきりしたポップスじゃないんだけど、保守的ジャズファンからは「商業的すぎる!」とかなり非難されたみたい。でもリズム感とかお互いの楽器の絡み方はさすがジャズメンという感じで、みんな自己主張を控えながら、ちょっとずつとろ火で“魔力”が帯びていく。鳴り続けてるシーケンスフレーズは編集せずに実際に延々手弾きしてるらしく、もう超絶すぎて怖い(笑)。スティーブ・ライヒにも通じる感じだね。17分もあって長いけど、ピシっとまとまってもいるからポップなんですよ。

次のジェームス・ブラウンも、肉体がとにかく強靭。脚をバッと180度広げたりダンスがすごいんだけど、それって彼の喧嘩の強さとか、ギャングな生き方で養われた肉体力で。振付の先生に指導を受けた感じじゃないのね。もともと刑務所に入ってたり、ドラッグを常用してしょっちゅう錯乱してたり、黒い噂もたくさんあったんだけど、周りは黒人のギャングがガッチリ守ってる。だから彼のさまざまなスキャンダルは、すべてプレスコントロールで揉み消されました、存命中は。それでも50億だか100億だかの遺産が残るくらい儲かってたから、とにかくみんなが群がった(笑)。

もちろんバックの演奏もすごくて、メイシオ・パーカーとかブーツィー・コリンズとかすごいミュージシャンを輩出してるんだけど、3組目のOhio Playersはブーツィーと同じ町出身の、これまたチンピラみたいなミュージシャンの集まりなんです。というのもジェームス・ブラウンとかがすごく売れて、黒人音楽がディスコとしてポップスになり、AMラジオのチャートに入るようになったときに“扉”がパカッと開いて。そこにいっぱいいたバンドのひとつに過ぎなかったOhio Playersが、「Love Rollercoaster」を大ヒットさせて一躍スターになった。

でも結局、本人たちは貧困エリアの出身だったり、学校にも行ってなくて教養もないから、もらったお金は全部ドラッグと愛人で使っちゃって。それでなんの言い訳もないんですよ、「いやーだってお金があったから」みたいな(笑)。でもなにが凄かったって、こんな破茶滅茶なヤツらでも、曲の大ヒットで一気に白人世界のメンバーになっちゃったことなんです。白人は彼らがどんな人かも誰も知らずに、ただラジオでかかるかっこいいヤツらってだけで差別的なフィルターを突破してきちゃった。レッチリもカバーしたし、最近だとジョーカーの彼女のハーレイ・クインの映画で使われたりもしてたね。

じゃあこういう音楽が素晴らしいんで、それを僕がいまやってるかというと、別にやってはないんですけど。天才が過剰に薬物摂取してーとか、そういう生き方も別にしたくないし(笑)。サステナブルに、ヨガやって生きてる方がいいので。幸か不幸か、当時とは空間と時間の距離もあるから冷静に客観視できちゃう。それでもやっぱり曲は最高なんだよ! ここの3曲は、オープンカーに乗って風のブオーって中で聴いたりしたら絶対良いと思う。もう低音とか割れててもいいから。彼らが時代を切り拓いた解放感も感じつつね。

3時間目 「すべてのルーツはジャズにあり?!」 〜 ディスコからヒップホップ、狂騒の80年代へ

70年代中盤から80年代にかけて、黒人音楽がディスコで大ブレイクした。そしたらもう、儲かるんだったら白人でも黒人でもとにかく腕のいいミュージシャン使って金稼げー!みたいな、80年代の超商業主義時代に突入していく3曲です。

アースは言わずもがな、だね。アメリカで1回ブームが去って10年ぐらい経っても日本ではずっと売れ続けてたし、バブルに向かう80年代の日本の興奮ともシンクロして凄かった。次の「Good Times」っていうのは、最近ではグラミー5部門制覇で話題になったDaft Punkとのコラボでもお馴染み、あのナイル・ロジャース率いるChicの曲。

彼はもうディスコのど真ん中にいた人で、グルーピーの女性たちと毎日遊びに明け暮れてたみたい。ディスコのパウダールームを全部防音工事して、ラブホ状態にしちゃうくらい(笑)。そんな狂騒的な日々の中でも次から次へとヒット曲を出し続けて、いまでは全身にガンが転移しながらもコロナ禍のインドでチャリティー活動したり、バイタリティがとんでもない人。

彼は両親ともにボヘミアンの、進歩的な文化人家庭の出身で。クラシックをしっかり学んで育つんだけど、いざ音楽院で発表するときにオーケストラに黒人がひとりもいなかったと。これは完全に人種差別の世界だから、クラシックで身を立てることは無理だと悟って、ジャズの楽団で働き、その後のディスコブームで一攫千金を狙って組んだChicが大当たりした、という人なんですね。僕は最初チャラチャラした商業音楽が大嫌いだったんだけど、そんな生命力溢れる個人史を知ってからは、チャラチャラを生み出す才能って凄すぎる‼︎と見る目が変わりました(笑)。

ちなみにこの曲の特徴的なギターカッティング、僕が独自に調べたところ、マイルス・デイヴィスの「So Whatコード」と呼ばれる完全4度を積み重ねた和音になってるみたい。商業主義のど真ん中で、いろんな理不尽と戦いながらもハッピーなディスコを奏でて、さらに「みんな、マイルス聴いてるー?」ってジャズを意識したメッセージまで入ってるという。しかもこの「Good Times」、史上初めてのヒップホップ曲といわれているThe Sugarhill Gang「Rapper’s Delight」のサンプリングネタでもあるのね。ジャズとヒップホップをつないだ、まさに記念碑的な曲。

そういう意味では、最後の「Rockit」もそう。当時ブレイクダンスとかヒップホップの曲はまだまだ黎明期で、パイオニアたちが編み出していってた最中だった。ハービー・ハンコックはそこにふらっと観光客のように現れて。スラムのガキどもがやっているギャングな音楽にジャズの教養で必要な音を足しながら、クオリティをグーンと引き上げてNO.1ヒットにしたんですよね。それをきっかけに、こういうシーケンス音楽みたいなものも市民権を得た。ハービーは本当、要所要所で出てくる重要人物だね!

最後に締め括りでいうと、このプレイリストを聴いた人たちにはぜひジャズも知ってほしい。ジャズの演奏の仕方とか和音を知ると音楽の聴き方がもう断然深くなるっていうのは、今回で僕自身もすごく実感した。実は「Rockit」を自分でゼロから宅録して再構築してみたりもしたからね(笑)。あらゆる音楽はジャズにつながってるんだよ!

それにいろんな音楽を知ってたり、文化や歴史に造詣があると、想像力の源である知識やボキャブラリーも全然広がるので、それだけで共感し合える人もすごく増えます。世の中はみんなつながっているし、普遍性が大事。自分の国境の中だけに閉じこもってたらもったいないですよ。

Profile

モーリー・ロバートソン

国際ジャーナリスト/ミュージシャン。1963年ニューヨーク出身。アメリカ人で医師の父と、日本人で新聞記者の母の間に生まれ、日米双方の教育を受ける。1981年に東京大学入学後、夏に退学し、秋にハーバード大学に入学。高校時代(広島のアメリカンスクール)からThe PoliceやThe Human Leagueに影響を受けたニューウェーブパンクを演奏しており、1981年にデビューアルバム『ストイック・哀愁ゼミナール』をソニーからリリース。全11曲の作詞作曲を自作し、アレンジャーとして後藤次利(サディスティックミカバンド)、ギターで芳野藤丸、白井良明(ムーンライダーズ)らが参加。現在もSpotifyなどで聴くことができる。その後2枚のアルバムを自主制作したのち、2010年ごろよりDUB STEP/EDMのDJにシフトチェンジ。野外フェス「りんご音楽祭」などに出演している。また3歳からピアノを習っており、大学での専攻は電子音楽とアニメーションで、アナログ・シンセサイザーの世界的な権威であるイワン・チェレプニンに師事。実験音楽や辺境音楽にも明るい。近年は、音楽プログラミングシステム「Max/MSP」やSerge Modular Synthesizerのワークショップも開催している。

Instagram @morley_robertson

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