シューズをテーマにオリジナル・アートワークを創作する企画「アート・オブ・シューズ」第18弾。今回のテーマは、交錯する二足のDr. Martens。見るからに履き込まれ、ペイントが施されながらエイジングしたと思しき一足と、かたや真新しく、今まさに足を通されて見える一足。ストリートをサバイブするペインター・NAZEが4年もの歳月を経て仕上げた立体作「靴の洞窟」こそ、数々生み出される現代悪魔絵画の源泉だった……?! “弱者への憐れみ”をめぐる、現代アートと社会/宗教、ストリートカルチャーの最新クロスポイント!

記憶の集積こそが、アイデンティティを形成する

滑らかでありながら重厚なレザーの光沢が眩しい。ボディとソールをつなぐそのイエローのステッチは、それが半世紀以上にわたり“時代の抵抗者たち”の足元を支え続けてきたあの革靴であるということを、一目で了解させてくれる。Dr.Martens「1461 BEX」。カウンターカルチャーの正統な血脈を感じさせるそのシンボリックな革靴の“カウンター”に、今回、NAZEは熱したハンダゴテによってある数列を刻印した。

2021 8 6 18:57

その数列が示すもの、そして「履き古された靴をまとったまま、新しい靴を履く」という今作のコンセプトを解き明かすべく、まずはNAZEとDr.Martensの邂逅を遡る。それは今から約4年前のこと。

「マーチンと出会うまではずっとスニーカーばかり履いてたんですよ。ただ、僕は靴の扱いが雑で、結構無茶な使い方もするから、いつも長持ちしなかったんですよね。それで長く使える作業用の靴が欲しいなって思って、当時付き合ってた彼女に相談したら『マーチンがいいんじゃん?』って。じゃあそうしようってなって」

NAZEはグラフィティやスケートボードカルチャーをバックボーンに持つペインターだ。少年時代からストリートを生きてきたNAZEにとって、それまで靴といえば第一にスニーカーのことであり、だから当初、NAZEはそのDr.Martensを制作の作業靴にするはずだった。しかし──。

「最初は作業用だったんだけど、だんだんとそれを履いて遊びにもいくようになっていったんです。いつも履いているうちに足にも馴染んできて、普通に走れるようにもなったし、なんならスケボーにも乗れるようになって。最近ではクラブで踊るときもこの靴を履いてます。今じゃすっかり相棒のような感じがある。この数年で一番履いてる靴ですね」

日々Dr.Martensを履き続けているうちに、スニーカーとはまた異なる革靴の魅力にも気づいた。

「革靴ってすぐに馴染んでくれないんですよね。長く一緒にいないと、自分の一部になっていかない。そこもいいなって思ったんです。今って単にめっちゃ履きやすいとか、すぐにフィットするみたいな感じが売りになるのかもしれないけど、それともまた違う感じ。最初はお互いにぎこちなくて、でもずっと一緒にいることでお互いの関係性が少しずつ深まっていく。それって人との付き合いなんかとも同じですよね」

そう言ってNAZEは4年分の「記憶」が詰まった足元の“相棒”へと視線を落とした。塗料にまみれ、スプレーで幾度も上塗りされたそれは見るからに満身創痍で、お世辞にも「きれい」とは言えない代物だ。だがそのおびただしく刻まれた痕跡こそが、NAZEとさまざまな現場、さまざまな風景、さまざまな記憶を、その足元において共有してきたことを示す、何よりの証なのだ。

「今回、靴の中を初めてじっくり覗いたんですよ。そしたらすごい自分の足の立体感になってて。そんな時間が経った痕跡が、洞窟の壁画みたいな感じに見えてきた」。“記憶の継承”がテーマだからこそ「古い靴をまとったまま新しい靴を履く」

「いざ新しいマーチンを前にしてみたら、きっとまた自分の一部になっていくんだろうなと思って。だからこの靴に初めて触れた瞬間を刻印しとこうって思ったんです。実際、履いてみるとまだ違和感があるんですよね。硬さもあるし、自分の足の形になってない。言っちゃえば、これは新しい友人に対する僕からの最初の歩み寄りです。こいつをこれから何年も履いていくんだって考えるとワクワクしますよね」

そう、刻まれた数列は、NAZEと「新しいマーチン」が、まさに出会った瞬間の日時だった。また同時に、それは現在のNAZEから未来のNAZEに向けて放たれた、やがて過去となってしまうだろうその靴との出会いと、履き古した元相棒を「忘れないで」という、祈りのメッセージでもある。

洞窟に棲まう“悪魔”たちの悲しみ

「記憶」を刻むこと──それは今回のコラボ作品に限られない、NAZEの多岐にわたる作品群に一貫して流れている重要なテーマだ。

WASURETA KOTO WO WASURENAIDE

しばしばNAZEは自身の作品にそう描きこんできた。単に「忘れないで」というのではない。「忘れたこと」を「忘れないで」。根底には、少年時代、NAZEが心の中に溜め込んでいた「怒り」や「悲しみ」があるという。

取材が行われたのは、9/15 〜 10/3に開催されたNAZEの個展「URAGAESHI NO KURIKAESHI」会場、六本木ANB Tokyo

「もともと周囲とも馴染めないところがあったんです。小学生のときとかも、友だちだと思ってた奴から急に『もう君とは遊べない』っていわれたりしたこともあって。きっといろいろあったんだと思うけど、だからこそ余計に『なんだそれ』って感じですよね。家の中でもそういう悲しみや怒りをぶつけることはできなかった」

当時のNAZEにとって、行き場を失った感情の捌け口となったのがアートだった。現在まで使用している「NAZE」というライターネームもこのころに生まれたものだという。

「あるとき、グラフィティライターの先輩に『ライターは自分の主張を街に描いていくんだ、ライターネームもその一部なんだ』って教わって、じゃあ自分の訴えって一体なんだろうって考えたんです。当時、世の中に対して僕が感じていたいろんな怒りや悲しみ。それをそのまま訴えにしたいと思ったときに『なぜ?』って言葉がふっと出てきたんです」

ゴーストやクリーチャーなど、NAZEの作品にはサタニックなモチーフが多く登場するが、そうしたおどろおどろしいモチーフをNAZEが好んで描く背景にもこの「なぜ?」がある。だからかもしれない。NAZEの作品を前にすると、単なる逆張りのキッチュさとは明らかに一線を画する、身を穿つような切実さを感じずにはいられないのだ。

同居するダークさと親しみやすさ。「ワルモノじゃないよ」と訴えかけてくるよう

アトリエ風景

「僕の家はキリスト教で、小学生のころから悪いことをしたら神様の像の前で謝らされてたんです。ただ、中学生くらいになるとそこに疑問を持ち始めて。というのも、昔から漠然と正義の味方みたいな存在に違和感があったんです。いつもヒーローは悪役をボコボコにしているけど、もしかしたら、その悪役はみんなから除け者にされた悲しみから、悪役にしかなれなかったのかもしれない。それなのに寄ってたかってボコボコにされてて、なんだそれって。そんなことを思っていたあるときに悪魔の存在を知って、あ、これだ、これを描こうってなったんです」

かのミック・ジャガーが「悪魔を憐れむ歌」を歌ったように、僕は「悪魔を憐れむ絵」を描こう。そのような思いで行われてきた絵画制作は同時に、NAZEにとって過去の怒りや悲しみの記憶と向き合う自己セラピーとしての側面もあった。

「絵に描くことで、そのときにはうまく対処できなかった自分の感情に向き合えるようになるんですよね。その後の生き方がちょっと良くなっていくんです。自分に対してもそうだし、他人に対してもそう。だから昔から僕の絵は自分のための絵みたいなところもあるんですよね」

もちろん、生きていくためには過去に囚われすぎてはいけないだろう。描いては消され、また描いては消されを繰り返していくグラフィティライティングのように、時として「忘れる」ことが今をしたたかに生き抜くための知恵となることもある。しかし、そうして忘れたことさえもまた忘れてしまったなら、そのとき、僕たちが今立っている足場さえグラついてしまう。だからせめて「WASURETA KOTO WO WASURENAIDE」。NAZEが作品に描きこむその言葉は、過去に囚われた呪いの言葉ではなく、過去を引き連れ未来へ向かおうとする祈りの言葉なのだ。

新約聖書の一場面を描いた、ピーテル・ブリューゲル『叛逆天使の墜落』。「生まれながらの悪魔はいない」と考えるキリスト教宗教画において、クリーチャーたちは「天界から失墜した堕天使」。悪役だがどこかか弱く描かれ、愛嬌すら漂う。弱者への憐れみが共通するNAZEの世界観には、宗教的な影響も伺える

「そうそう」と、ここで再びDr.Martensの話に。

「実はマーチンって絵を描きやすいんですよね。スニーカーだと空気穴や、つなぎがあるじゃないですか。でもマーチンにはそれがなくって、プレーンな面が多いんです。だからアイデアも描けちゃうしメモがわりにもなる。黒いスプレーで何回も消しては描いてるから、多分、削れば絵が出てきますよ。記憶の地層みたいになってる」

Dr.Martens 1461 BEX/¥25,300

あるプロダクトをその用途からズラして使用してみせるのは、ストリートを生きるものの十八番。幾度も塗り潰されてきたNAZEの“相棒”のつま先部分には、現在、左右それぞれに異なるレタリングが綴られている。右に「KAWARU KOTO」、左に「KAWARA NAI MONO」。そこにはNAZEのある思いが込められている。

「世の中には変わってしまうことと、それでも変わらないものとが並行してあって、僕はそのバランスを大事にしたいんですよね。靴って歩行に合わせて、右足と左足を交互に一歩ずつ前に出すじゃないですか。ちょうどそんな感じに」

加速度的に変化し続けていく時代の中で「変わらないもの」とはなんなのか。答えはまだ見つかっていない。「今だって社会のことなんてよくわからないし、自分の気持ちしかわからない」。でも、「わかろうとし続けたいんです」とNAZEは言う。なんでも最近は自分が生きてきた小さな時間の「記憶」よりも、もっと大きな時間、人類としての「記憶」へと意識が向かうようになってきたそうだ。

ヘリテージを継承し続けるDr.Martensとの新たな出会いと期を同じくして、NAZEもまた「NAZE 2.0」へと変化しようとしつつあるのかもしれない。果たして険しい旅路の足元を支えることになった新しい“相棒”のもとを、4年後、再び訪ねてみるとしよう。そのとき、そのつま先にはどんな痕跡が、どんな言葉が刻まれているのだろう。何が変わっていて、何が変わっていないのだろう。

Profile

NAZE(なぜ)

1989年茨城県生まれ。2012年京都精華大学デザイン学科卒業。グラフィティカルチャーをベースに、触覚的な筆致で描かれるドローイング、スプレーやコラージュを用いたペインティングや、廃棄物を使ったオブジェ、テキスタイルワークなどの作品を制作している。contact Gonzoとしてパフォーマンス活動も行う。近年の主な展覧会に、「Flowers」(FINCH ARTS、京都、2020)、「ceramic scramble」(ゲンロン カオス*ラウンジ 五反田アトリエ、東京、2019)、「net/stoke GRAFFITI」(Vincom Center for Contemporary Art、ベトナム、2017)、「VOCA展2016」(上野の森美術館、東京、2016)、「鉄道芸術祭vol.5」(アートエリアB1、大阪、2015)などがある。また、あっこゴリラやzoomgals、元BiSのテンテンコ、どついたるねんなどミュージシャンのアートワークを多く手がけ、「eyescream」で度々特集を組まれるなど、カルチャー/ファッションの最前線でも注目されている。

Instagram @naze.989

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