アメコミのような西洋テイストあふれる陶器や、仏像をモチーフにした東洋的なスカルプチャー。マンガ・アニメなどの仮想現実への興味を陶芸で表現するのが、陶芸家/彫刻家の宮下サトシだ。その創作の背景には、NIKEのスニーカーにも通じる身体性や、相対する世界観をサイケデリックに回遊する独自のポリシーがあった。シューズをテーマにオリジナル・アートワークを創作する企画「アート・オブ・シューズ」第14弾!

「大判の分厚いカタログを持っているくらい、もともとスニーカーが好きです。中学でバスケをやっていたときから僕はずっとNIKE。シンプルにスウッシュマークがカッコいいですよね。今回選んだ『AIR FORCE 1 ‘07 LV8』は、ピクセル化したスウッシュと、ホログラフィックのラベルに惹かれました。そこからイメージを展開して自作のシリーズと接続させたんです」

そう語る宮下サトシの今回の作品は、大小2点の陶器。大きい方の壺には、鮮やかな色彩の上にコマ送りのようにして“手”が描かれている。小さい方は、白色の握り拳がヒットしてグニャリと変形した黒地の壺。一体どのようなコンセプトなのだろうか?

サイケデリアが陶芸に“動性”をもたらす

「僕はこのシューズを“夜の闇とそのなかの光”と解釈しました。大きい壺は、朝 〜 夜に至るまでの色合いをグラデーションで表していて、AIR FORCE 1は闇夜、スウッシュはそこに浮かぶ月ですね。その縦の時間軸とクロスして、アニメーション的な“手”の動きが横断している。また、小さい壺はマンガ的なお約束で、ジャイアンに殴られたのび太みたいにメリッと凹んでいます。こうしたいろんなアプローチが陶芸にはできるんです」

色鮮やかなグラデーションは、まず成形した粘土を一度素焼きし、そこに釉薬(ゆうやく)という薬品を用いた技法で施され、再度焼くことで着色される。色によって窯の適正温度も変わるなど、焼く際に陶器が割れてしまう可能性も高まるため、カラフルな陶器の制作には長い時間とリスクが伴う

「どちらも陶器のなかに“時間”を表現したかった」と宮下が言うように、大きい壺は時の循環性を立体的に表現。かたや小さい壺は、力の加わった“瞬間”が捉えられている。そうして2点は、瞬間と永遠という時の本質を補完し合う複合作品となった。さらに、やはり目を引くのがそのアメコミ風のテイスト。宮下は、主に海外の古いカートゥーン・アニメーションから影響を受けてきたという。

「『ポパイ』や『ベティ・ブープ』、バッグス・バニーやダフィー・ダックの出てくる『ルーニー・テューンズ』など、1930年代くらいから放映されていた昔のカートゥーンがすごく好きで。手塚治虫のマンガとか、ゲームの『マリオ』や『クラッシュ・バンディクー』といった日本のサブカルチャーにもインスパイアされています」

越したばかりという自宅には、カートゥーンアニメDVDのほかに、田名網敬一の画集や「ジョジョ」のコミック・フィギュアなども。膝にかけているのは「パックマン」ジャケット

自身が参加した展覧会タイトルに「仮想世代」という言葉が用いられているように、宮下は仮想=マンガ・アニメ・ゲーム的な想像力と親和性が高い世代のアーティストだ。なかでも、宮下はそれら仮想現実で表現されるキャラクターの「メタモルフォーゼ」(変身)と、サイケデリックな色使いに注目する。

「カートゥーンってキャラが爆発したり、目が飛び出したり、膨らんだりぺったんこになったりしますよね。そういうキャラの非現実的なメタモルフォーゼにある種の快感を覚えるんです。また、その色彩のサイケデリックさも気になっているテーマのひとつ。何をしても苦痛に感じるようなときでも、なぜかサイケな映像やビジュアルは自然と体に染み込んでくる」

陶器で表現する“動と静”のグラデーション

宮下が陶芸という技法に出会ったのは、多摩美術大学の工芸学科陶専攻に入学したことがきっかけ。もともと図画工作は得意だったものの、中学ではバスケ、高校ではラグビーとスポーツに熱中。一度は一般大学に進むが、高校の恩師である美術教師の助言もあって多摩美に編入、伝統的な陶芸のスキルだけではなく現代美術的なアプローチを学んだ。大学卒業後は陶芸教室のアルバイトをこなしながら1年間アート・アニメーションの学校に通い、クレイアニメを制作していたという。

「クレイアニメと陶芸では使う粘土の種類が違いますが、押したら凹む粘土はやっぱり楽しい。実際に手を動かして作る触覚的なものが僕の関心なんです。さっき言ったメタモルフォーゼにもつながる、フィジカルで動的な表現ですね」

時間がテーマとなった今回のアートワークにも見られるように、宮下作品が持つダイナミックな動性や身体性は、まさにNIKEのスポーティーでアクティブなブランドイメージともシンクロしている。とりわけAIR FORCE 1といえば、硬いソールのシューズばかりだった80年代当時のNBAバスケットボール界で、画期的なエアクッションシステムを初めて搭載。「動性」に革命を起こしたことでプレーヤーからの熱烈な支持を集めたシューズだ。

NIKE AIR FORCE 1 ‘07 LV8/¥12,100

AIR FORCE 1の登場は、NBAスタープレイヤーがストリートファッションのアイコンとなった90年代スニーカーブームの前史にもなっている。スポーツがファッション界に大きな影響を与えていく潮流の「初動」ともいうべきシューズだ。BEAMS主催の展覧会に何度も選出されるなど、陶芸やアートの枠を超えて注目を集める宮下の感性が、AIR FORCE 1に内在する豊かな「動性」にインスパイアされたのは偶然ではない。

とはいえ、本来陶芸とは文字通り「静物」であり、焼き上がって固まったスタティックなもの。だからこそ「“動と静”のグラデーションを大切にしたい」と宮下は語る。

「近ごろは激しく動的な表現だけでなく、静的な要素にも惹かれるようになってきました。たとえば夕方散歩したときに見る空の色みたいに、プリミティブで静かなものを見ると『いいなぁ』と。動きのなかに静けさを、静けさのなかに動きを感じさせるような作品をつくりたいんです」

たくさんの失敗を経てたどり着く、新しい陶芸

宮下の作品群のなかでとくに「静」の部分を感じさせるのが、さまざまなクリーチャーの頭部を持った仏像のシリーズだ。カートゥーンの世界観を思わせる西洋的でポップな作風と、仏像をモチーフとした東洋的でディープな作風。その豊かな二面性はどのような点でつながっているのだろう?

『∞』(2020)
アングラな雰囲気漂う仏像シリーズ。この作品は高さ800mm×幅500mm×奥行500mmとサイズも大きく、陶器のイメージを超えた異質な存在感を放っている

「カートゥーンがサイケデリックだという話をしましたが、仏教思想における内面世界もまたサイケなんですよ。だから最近は瞑想に興味がありますね。ただ、精神世界ばかりに目を向けていると煮詰まってしまう。一方で、肉体的な技術だけで制作すると作品に深みがなくなっていく。“肉体と精神”どちらかに偏るのではなく、そのどちらもがバランスよく共存しているような作品が理想ですね」

なるほど、サイケデリックな感性をベースに、“肉体と精神”の絶妙なバランスを目指すことがその作風の幅広さを担っていたのだ。そうやってつくられる陶器作品は、いうまでもなく完成までたくさんの工程と時間が費やされている。

「小さな器であれば1、2週間でもできますが、作品となると通常3ヶ月はかかりますね。乾燥の具合も難しい。粘土が乾きすぎても柔らかすぎてもできない作業があるし、夏場と冬場では乾き方が違ってきます。しかも、焼き上がりでヒビが入ってしまったり、色がうまく乗らなかったりと、失敗作も多いんです。実は今回の作品も、3点くらいオジャンになってるんですよ」

中央奥に窯があり、その右にろくろが。アトリエにも数々の試行錯誤の痕跡が窺える

「陶芸で大事なのはへこたれない気持ち」と宮下は笑う。いく度もの失敗を経て完成したことを踏まえて見れば、大小の壺が努力の結晶のように思えてくる。最後に、作家としての今後の展望を語ってくれた。

「今はカラフルな色合いの作品と仏像のシリーズを別々につくっています。でも、さっきサイケという共通点を挙げたように、別ルートにあったそれぞれのシリーズが自分のなかで自然と結びついてきた。そうしたテイストがひとつにミックスされた作品に挑戦していきたいですね」

“動と静”、“西洋と東洋”、“肉体と精神”など、一見正反対のものがグラデーションとなって同居する、新しい陶芸。“バッシュ”の枠組みを超えて新しいカルチャーやファッションを築いてきたAIR FORCE 1のように、彼の作品もまた、陶芸を新しい世界へ導くアイコンとなるかもしれない。

Profile

宮下 サトシ(みやした・さとし)

1992年東京都生まれ。2016年多摩美術大学工芸学科陶専攻卒業。幼少期から愛好するアニメ、マンガなどの「仮想世界」への興味を陶器で表現する。BEAMSにて度々コラボ・展示を展開。OIL by 美術手帖が主宰した渋谷PARCOでの最新展示会「仮想世代陶芸」では、糸井重里が主宰する「ほぼ日」にピックアップ。世界的ストリートメディア「HYPEBEAST」でもフックアップされるなど、多方面から注目を集める。近年の主な展覧会に、2019年キュレーションおよび出展「ceramic scramble」(五反田ゲンロンアトリエ、東京)、「TOKYO2021 慰霊のエンジニアリング」(戸田建設、東京)、「ART AS GIFT」(オン・サンデーズ、東京)、2020年「Satoshi Miyashita popup」(BEAMS JAPAN 新宿、東京)、「BROCKHEAD MOTORS RC CAR EXHIBITION」(TOKYO CULTUART by BEAMS、東京)、「once again」(TOKYO cultuart by BEAMS、東京)、「Y-generation artist」(銀座 蔦屋書店アトリウム、東京)、「Beautiful Dreamer」(ware house gallery、香港)、2021年「Gallery of taboo」(日本橋、東京)など。

https://www.b-ownd.com/artists/x4Wt0N

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