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Shoes × Culture

アート・オブ・シューズカラスとニワトリが織り成す「新しいバランス」 ― グラフィックデザインで再解釈する New Balance 1300

Artwork Ikki Kobayashi
Photography Isamu Ito, Ikki Kobayashi
Text Sosuke Misumi
Edit Hayato Narahara
Cooperation Haruka Ito(island JAPAN)

かわいらしい鳥が1羽、オレンジ色のラインの上でコミカルなポーズを決めている―。グラフィックデザイナー・小林一毅が「New Balance(ニューバランス)」から着想したポスターは、予想のナナメ上をいくユニークなデザインになった。シューズをテーマにオリジナル・アートワークを創作する企画「アート・オブ・シューズ」第5弾。キーワードは「カラスとバランス」?!

気鋭の若手デザイナーとして注目される小林一毅。シンプルな色と形で構成されたミニマルなデザインで知られる彼だが、今回はいつものスタイルとは違って、個性あふれるキャラクターを前面に押し出したデザインになった。「今回のモチーフはカラスです。黒く鋭いスタイリッシュな印象を、New Balanceの都会的で洗練されたイメージと重ねました」。

カラスとニワトリ、そしてデザイン

「カラスってネガティブに思われがちだけど、もともと日本では縁起のいい鳥として歓迎されてたんですよ。サッカー日本代表のシンボルマーク『八咫烏(ヤタガラス)』なんかがそうですが、勝利や賢さの象徴でもあります。単独行動もしますが、実は家族想いなところもある。家族や仲間を大切にするという価値観は、ファッションにも通じるところがありますよね。個人で楽しむこともあるけど、仲間と共有して楽しむのがファッションの醍醐味だったりします」。ラインの上で軽快におどけてみせるカラス。小林いわく「余裕の表情でバランスをとっている」らしい。New Balanceのシューズを何足も履き潰しているという彼は、その軽やかな歩行感と絶妙なフィット感を、カラスの舞い踊るようなポージングに反映させた。

小林が今回チョイスしたアイテムは、New Balanceの定番モデル「1300」。1985年に発売されたオリジナルモデルを再現したレトロなディテールが施されており、「1000シリーズ」を牽引してきた堂々たる風格は健在。アッパーにはピッグスキンスエード、フルグレインレザーなどの素材をミックス。アッパークォーターとトゥボックスには通気性の良い極細メッシュのアンダーレイを配置し、ヴィンテージランニングシューズのスポーティーな感性を彷彿とさせる。サイドにはダブルスタックされた「N」ロゴ、TPUヒールスタビライザー、コンパクトなツートンカラーのENCAPミッドソールなどのディテールが、シルエットをグレードアップさせている。

「New Balanceって名前がおもしろいですよね」。今回のデザインにあたり小林がとくに注目したのは、ブランドのコンセプトが宿るブランドネームだった。たしかに気になる。「New Balance=新しいバランス」とは一体どういう意味なのか? New Balanceは1906年、アーチサポートインソールを製造するメーカーとして、アメリカ・マサチューセッツ州ボストンに生まれた。創業者のウィリアム・J・ライリーは、ニワトリの足の構造から3点支持のアーチサポートシステムを考案。その完璧なバランスから「New Balance」という社名を思いついたと言われている。ライリーが発見した「新しいバランス」は、それまでのシューズにはない画期的な歩行サポートのセオリーになった。

デザインは“いま”の積み重ね

あるデザインは、私たちが思いもかけないところから生まれてくる。ラルフ・ローレンは1300を「まるで雲の上を歩いているようだ」と評したと言われているが、その履き心地の良さが、まさかニワトリの足に由来するものだとは考えもつかなかっただろう。では、小林のデザインはどんなところから生まれてくるのか。彼のルーツについて尋ねてみた。

「デザイナーだった父の影響は大きかったと思います。部屋に飾られていた佐藤晃一さんのポスターを、小さいころからずっと見ていました。高校生のとき、銀座でマックス・フーバーの展覧会を見たのも衝撃的でしたね。モダニズムを体現するようなミニマルなデザインは、いまの自分の感性に間違いなく影響しています」。その後小林は、多摩美術大学のグラフィックデザイン科に入学。さらに卒業後は、佐藤がグラフィックデザイナーとして初期キャリアを積んだ資生堂の意匠部に入社した。

線の太さ、柔らかさなど、手書きでないと表現できないことは多いという

「資生堂に入社するとまず、『資生堂書体』を手書きで練習するんです。その一文字がどんな要素から成り立っていて、それによってどんな印象を人に与えるのか。『かたち』の美しさと作り方を、身体で覚えていく感じです」。細やかな作業と思考の鍛錬。そこで得た確かな“実感”のなかから、小林のデザインは生まれてくる。資生堂から独立したいまも、彼は手書きによるデザインを続けている。

バランスの取り方、崩し方

「『資生堂書体』を設計した小村雪岱(こむら・せったい)は、日本のグラフィックデザインの草分け的存在でした。もともと日本画家だった彼のデザインには独特の『余白』や『あいまいさ』があります。西洋のグラフィックデザインとは違ったやり方で達成される優美さには、惹かれるところがありますね。欧米のグラフィックデザインも素晴らしいんですが、自分としては別のインスピレーション源を得るという意味で、生まれ育った日本の文化にも軸足を置いていたいと思っています。例えば、家紋のような古典的なデザインから学ぶことはとても多いですね」。

八咫烏、家紋など、散りばめられたキーワードからも東洋的なまなざしが伺える

アメリカで、ニワトリから“生まれた”New Balance。それが東洋的な着想で再解釈されカラスに生まれ変わった、ということか。シューズをその本質まで深くとらえることで、作品コンセプトはより多義的に膨らんでいく。そんな“ひらめき”の複合体が、「かわいい!」とうっかり消費してしまえるほどのポップさと、表裏一体を成している。これも小林の、ミニマルなグラフィックデザインの奥深さだろう。

「今回ほど個性的なキャラクターを登場させたことはなかった」と小林はいう。これまでの彼のデザインワークを知る人なら、驚いてしまうに違いない。しかしこれは、彼なりのチャレンジだったりする。「これからはこういうデザインもやっていこうと思います。それこそ“ニューバランス”じゃないですけど、新しい自分になるために、ある種の不安定さに耐えていこうかなって」。なるほど、前に進み続けるということは“バランスを崩し続ける”ということにほかならない。いまの安定に満足せず、次のステージへ挑戦し続けること。その先に「新しいバランス」が見えてくる。

Profile

小林 一毅(こばやし・いっき)

1992年滋賀県彦根市生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン学科、資生堂クリエイティブ本部を経て19年独立。東京TDC賞、JAGDA新人賞、日本パッケージデザイン大賞銀賞、Pentawards Silver受賞。

https://betweenbw.theshop.jp/

Instagram @kobayashi.ikki

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