競技であると同時に、音楽やファッションなどさまざまなカルチャーの交差点でもあるストリートスポーツ。オリジナリティのあるスタイルを持つために必要なのはトレーニングだけでなく、鋭い感性や確固たる哲学を持つこと。そんなストリートスポーツの一流選手たちのライフスタイルを探る。

今回のプレーヤーは、2019年の「FIGパルクールワールドカップ」のスピード部門で1位、フリースタイル部門で2位という輝かしい成績を残し、テレビ番組への出演などでも注目を集めるパルクールアスリート泉ひかり。自由な活動で人々を惹きつける彼女の言葉には、競うことよりも自分と向き合うこと、真に「フリースタイル」であることの大切さが語られていた。

優劣をつけるためではなく、誰かと出会うために

2014年にウェブ上で公開されたサントリー「C.C.レモン」のCMに登場する「忍者女子高生」として注目を浴び、テレビ番組の「KUNOICHI」でも好成績を残した。最近はパルクール仲間と「鬼滅の刃」コスプレ動画をTikTokに上げて話題になるなど、SNSを駆使した活動でもファン層の裾野を広げている。

幼少期からジャッキー・チェンに憧れていて、スタントマンになることが夢だった。小学4年生のときにアクションを教える養成所に通うも、演技レッスンが性に合わず、ドロップアウト。その後、さまざまなスポーツを経験したのち、テレビCMを通じてパルクールの存在を知ることに。

「ずっと憧れていたジャッキー・チェンのあの動きは、パルクールだったんだ、好きなアニメのなかで描かれているキャラクターたちの動きも、パルクールの動きを駆使すれば再現できるんじゃないか、とか、いろいろ気づくことがあって興味がわいたんです。

もともと、体を動かすのが好きだったけれど、人とは競わず自分の動きや心の変化に向き合いながら成長していけるところが性に合っていました。

私にとってパルクールは、大会で勝つためや、他人との優劣をつけるためにあるものではないんです。場所を選ばないから、どこにいっても誰とでも楽しめて、出向いた先でパルクールを介して誰かと仲良くなれる。人と会うのが楽しくて続けてると言ってもいいと思っています。初心者でも上級者でも、やっている動き自体は同じで、分け隔てなく交流できるところが面白いし、好きなんです」

楽しみ続けるための秘訣

アスリート人生において大切にしているのは、「パルクールを楽しむこと」。言うは易しだが、プロとして活動する者にとっては非常に難しい目標だ。

「もちろん大会やお仕事の場では周りの期待に応えるために頑張ることも大切だと思っています。だけど、なぜ私はパルクールをやっているのか、という自問自答は常にしていて、嫌になりそうだなと思ったらバランスをとるようにしています。

要するに、自分はパルクールを通して何事も楽しんでやることが大事であると伝えたいんだと思います。それにはまず、自分が楽しんでやっていないと人に伝わることはないと思うし。パルクールが2024年にオリンピック競技に選ばれるかもしれないことは純粋に楽しみですが、一方で、競技として勝つための技ばかり練習する風潮が生まれてしまうことが心配です。本来は競うためのものではなく、自分と向き合って成長するためのものだと思っているので。

パルクールのようなフリースタイルの競技は、苦手なことややりたくないことはやらなくていいんです。しかし、この動きをしたい、という気持ちを突き詰めていくと、クリアしなくてはいけない課題がでてくる。自分のしたいことがあるから苦手なことにチャレンジする機会が生まれる。誰かに指示されてやるのではなくて、自分がこうなりたい、という気持ちの上にある努力を積み重ねたいですね」

トレーサーにはアニメオタク多し?

そんな彼女の「好き」の射程はとにかく幅広い。トレーサー(パルクールの実践者)としてどんな動きができるか、したいのかという日々の思索は、自らのパルクールでの経験の外に目を向けることで働くのだという。

「動きのアイデアをストックするということは基本的にはしなくて、現地にいって、障害物や地形をみて考えます。そこで、他人と一緒に練習すると彼らの引き出しを見ることができますよね。そしてこれとこの動きをつなげてみよう、というアイデアも出し合える。ダンサーやBMXレーサーの動きを見ながら、技に組み込んでみよう、なんてこともあります」

他競技から受ける刺激だけでなく、漫画やアニメ、キャンプなど、サブカルチャーやアウトドアにもどっぷりハマりながら、それらもパルクールを新鮮な気持ちで楽しむための糧にしている。

「最近、大阪のパルクール仲間と『鬼滅の刃』のコスプレ動画をTikTokにアップしているんですが、トレーサーに意外とアニメオタクが多いんですよ。今まで運動は、特にしてなかったけれど、アニメや漫画を通してパルクールを知って、自分もこんな動きをしたい、と思って始める人たちが少なくないんです。

『NARUTO』のニンジャっぽい動きとか、『デュラララ!!』のキャラクターにパルクールをしている設定があったり。パルクールをやれば好きなキャラに近づけるかもしれない、と思うとハードルも下がるんだと思います。

アニメのなかには、明らかに人間には無理だろう、という突飛な動きもあれば、これは実際にパルクールの動画をしっかり調べたんだろうな、と思えるものも多くて、そういう目線で見るのも面白いです。

私もアニメや漫画は大好きで、『シャーマンキング』や『左ききのエレン』にハマっていたり、最近は『デカダンス』を一気見しました。

あと最近ブームなのはキャンプですね。でもインスタ映えするようなキャンプじゃなくて、ナイフ一本でサバイブする、みたいなやつが好きです(笑)。パルクールは元々軍事トレーニングから生まれたものなので、森のなかでいかに怪我することなく帰ってくるか、という目標はとてもパルクール的なんです」

スニーカーは、唯一必要な道具

2017年には自身がプロデュースするパルクールウェアブランドKAIT SITH(ケット・シー)を立ち上げるなど、ファッションを通じても発信を行っている。そんな彼女が、「パルクールをやるために必要な唯一の道具」としてこだわっているのが、スニーカーだ。

KAIT SITHのTシャツと帽子。ブランド名はアイルランドの伝説に登場するCat Thie(キャットシー)をもじった。猫が二足歩行で生活している国を持ちつつ人間社会では四足歩行の猫として馴染んでいる、という本来の物語の設定に対して、人間社会を猫のような動きで駆け回るトレーサーやパルクール自体が社会に当たり前に馴染めるようにイメージして名付けた。

「基本的にはパルクールの動きができる靴しか履きません。VANS『Ultra Range』はデザインが好きで、かつ練習にも使えるので気に入っています」

VANS Ultra Range

「K-SWISS『Si-18』はこれで4足目です。古いモデルなので入手しづらいものなのですが、昔トレーサー仲間からプレゼントでもらって以来、自分の足に一番合っているベストな一足として、大会のときに履くために持っています」

K-SWISS Si-18

「ASICS『LYTE CLASSIC』は練習用にメインで使用している一足です。とにかく使い勝手が良い。練習用のスニーカーは、トゥの部分が上に向いているもののほうが壁を蹴ったときに力が抜けにくくてパルクールに適しているんです。アウトソールもすべりにくいゴム製のものなどがいいですね。アウトソールが厚いものは足に伝わる感覚が鈍くなったり、着地の衝撃吸収をソールに任せてしまって、衝撃を受け流す技術が上達しないので、実力に合わせてなるべく薄くて細いものを選ぶ人が多いと思います。究極のところまでいくと地下足袋や裸足でやる人もいますね」

ASICS LYTE CLASSIC

「どのブランドのこのシューズが良い、っていう情報交換はトレーサー同士でよくします。新調するときは、誰が何を履いていたかを調べながら選ぶようにしています」

自分が表に立つことで、パルクールに対する偏見を取り除きたい

かつては危険でやんちゃ、超人的な身体能力の男性がやるもの、というイメージがついていたパルクールだったが、彼女をはじめとするトレーサーたちの活動によって、世間がパルクールに対して持っていた偏見やステレオタイプなイメージも次第に変わってきた。表舞台は本当は苦手、という彼女は、「自分が楽しめる環境のため」に今後も積極的な活動を行っていく。

「アメリカではパルクールはもっと身近なもので、運動不足解消のためとか、ダイエットのためにやっている人もいて。高齢者の方がリハビリでやっていたりもするんですよ。

私が6年前に『忍者女子高生』の動画に出たことで、パルクールを女の子がやってもいいんだという印象をアピールすることに少し貢献できたと思います。私が女性トレーサーとしてメディアに出ることで、パルクールに対するさまざまな偏見を取り除くことができるなら、そしてそれによって一緒にパルクールを楽しめる仲間が増えるならそれは良いことだなと。

今年は海外に行けなかった分、国内のパルクール仲間とたくさん交流できて、それはすごく良い経験でした。楽しみながらキャリアを重ねることは簡単なことではないですが、何事も否定さえしなければ楽しめると思っていて。気になるものがあったら時間を使ってそれに向き合う、というスタンスでこれからもいきたいですね」

Profile

泉 ひかり(いずみ・ひかり)

高校時代にパルクールを始め、これまでサントリーのウェブCMのほか、様々なMVに出演。2016年からアメリカ合衆国ロサンゼルスのカレッジに勉学とパルクールのために学位留学する。留学中に挑戦したTBS「KUNOICHI」では完全制覇に最も近い存在として注目を集める。現在はカレッジをメディアアート専攻で卒業して東京に拠点を移す。メディアへの出演に加え、パルクールを普及させるため初心者を対象にしたワークショップの開催や、女性を対象にした練習会などの開催を仲間と行う。小柄な体格であるにもかかわらず、昨今シンガポールで開催されたアジア規模のワークショップイベントに講師として参加、北欧やアジアでの世界大会に積極的に出場し、2019年にはFIGパルクールワールドカップシリーズにてスピード部門で1位、フリースタイル部門で2位の結果を残す。

https://www.parkourhikari.info/jpn-home

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