時代が新しい音楽を作りだし、音楽は新しいファッションスタイルを生む。私たちが普段なにげなく身にまとっているアイテムの一つひとつは、そんな時代の落とし子とも言える。時代を振り返り、音楽とファッション、そしてシューズに焦点をあてる本企画。第3回に取り上げるのは、スニーカーとともに音楽やファッションの歴史を切り開いてきたとも言える、ヒップホップだ。

ニューヨークのストリートから世界の音楽シーンに登場して約半世紀。いまやあらゆるカルチャー、ファッションの中心にいると言っても過言ではないこの特異な音楽文化とスニーカーの蜜月の日々を、ライターでトラックメイカーの小鉄昇一郎がひもとく。

ストリートで生きる者の相棒

「スニーカーがキレイな奴はヒップホップ、 汚い奴はパンク、 ダサい奴は×××」これは私が確か10代のころ、誰かから聞いたありがたいお言葉。今思えば、音楽とファッションの関係というものを、初めて意識した瞬間だったかも知れない。

スニーカーというアイテムは、ヒップホップにとっては常に歴史をともにしてきたパートナーと言えるだろう。このカルチャーのなかで生きる人々は誰もが、スニーカーを愛している。

ストリートのキッズは、ハードな日々におけるタフな相棒としてスニーカーをピカピカに磨き上げ、あるいは成功者となったラッパーは、芸術品のようなリッチなスニーカーを履き、自分のセレブリティを誇示する。「足下を見る」という本邦の慣用句ではないが、競争心に溢れた彼らにとって、その足に何をまとうかは、己のステータスとアイデンティティに直結する重要なテーマだ。

ヒップホップは、1970年代末のニューヨークの北部の町、ブロンクスにて、アフリカ系アメリカ人、ラテン系アメリカ人などの若者らによって生み出されたカルチャーだ。その誕生の現場となったのは、ブロックパーティーと呼ばれる、町の空き地で行なわれる手作りパーティーとされている。

BBQをしている横ではダンスにバスケに縄跳びでライバルと道端で競い合い、当時の最新ディスコ・ヒットや親世代のソウル、ファンクナンバーが大音量で流れる。楽器はなくともレコードをリズミカルに擦ってパフォーマンスし、音楽に合わせて軽快なお喋りで観客を盛り上げるMC(=ラップの原型)。限られた機材や環境でも、創意工夫で日々を楽しむ。これがブロックパーティーの出発点であり、またヒップホップの原風景でもあった。

パーティーには特別なファッションが必要だが、それも限られた予算のなかで、機能性も兼ね備えたアイテムが好ましい。激しいダンスにも耐え、ギャングに出くわしたときには逃げるためにも。

彼らがスニーカーを選んだのは、当然の帰結だろう。そのなかで、このブランドならこのカラーでラインは何本と決め、シューレースをあえて外すなど、彼らならではのドレスコード、粋な着こなしが生まれ、独自のファッション文化が形成されていった。それはやがて、スニーカーを作るメーカーにも影響を及ぼし始める。

Run-D.M.C.とadidas、ヒップホップファッションの雛形

ヒップホップを世界的にブレイクさせた立役者であるRun-D.M.C.。adidasの黒のセットアップに金ピカのロープチェーン、頭にはKANGOLのフェドーラ、そして足元は真っ白なadidas「SUPERSTAR」というスタイルは40年近い月日を経た今でもフレッシュだ。

1986年、Run-D.M.C.の3枚目のアルバム『Raising Hell』のライブツアー、マディソン・スクエア・ガーデンでの公演を、adidas上層部の社員アンジェロ・アナスタシオが見学しに来ていた。アルバムにも収録されている、彼らのスニーカーへのこだわりを歌った『My adidas』を披露する際、Run-D.M.C.はステージからファンに「今、履いている靴を見せてくれ!」と観客をあおり、ファンは自分たちが履いているadidasのスニーカーをその場で高く掲げて見せた。自社のスニーカーが会場を埋め尽くす光景にアナスタシオは衝撃を受け、すぐさまRun-D.M.C.とadidasの間で100万ドルのエンドースメント契約を結んだのであった。

本来、スポーツシューズだったadidasを音楽のステージ衣装として身に着けた彼らのセンスは、「ヒップホップ」という新たな音楽の登場を鮮烈に世に印象づけたと言えるだろう。

Run-D.M.C.以降もadidasは、スヌープ・ドッグ、ミッシー・エリオット、ファレル・ウィリアムズ、チャイルディッシュ・ガンビーノ等々の人気アーティストと契約を結び、数々のコラボレーションアイテムをリリース。なかでも、孤高の奇才カニエ・ウェストがadidasとともに手がけるYEEZY BOOSTシリーズは無視できない。2015年に発売された「YEEZY BOOST 350」以来、現在まで常に高い人気を誇っているシリーズだ。

カニエ本人がミュージックビデオでYEEZY BOOSTを履いていることは意外と少ない……?

adidas独自のクッション素材であるBOOSTの高い機能性と、鳥の羽毛を思わせる印象的なデザイン(TURTLE DOVE=コキジバト)のこのスニーカーは、ファッショニスタやヒップホップファン以外にも浸透している。日本ではカニエ・ウェストの名は知らなくともこの靴は知っている、という人も多いのではないだろうか。

世代を超えてラッパーに愛される、NIKE「AIR FORCE 1」

カニエがadidas以前に契約していたのがNIKEだ。同社は1968年創業の新興メーカーながら、スタイリッシュな広告戦略、言わずと知れたスーパースター、マイケル・ジョーダンとのコラボレーションもあいまって、1980年代半ばにはストリートファッションとして定着した。

なかでもAIR FORCE 1の人気は絶大だった。ドクター・ドレやナズ、近年のラッパーならチャンス・ザ・ラッパーやリル・ヨッティなど、世代を越えて実に多くのラッパーがAIR FORCE 1を履いている。

ネリーはそのままズバリ「Air Force Ones」という曲のなかで「店にあるAF1をすべて二足ずつ買い、お前を踏み付けにいくぞ」と歌っている。また、AIR FORCE 1の発売25周年の2007年にはカニエ・ウェスト、ナズ、KRS・ワン、ラキムという豪華な面々が「Classic (Nike Air Force 1 Remix)」でこのスニーカーの四半世紀を寿(ことほ)いでいる。

AIR FORCE 1はDJクラーク・ケント、エミネム、ジェイ・Zなどとのコラボレーションモデルも発表しているが、現在注目されているのがトラヴィス・スコットとのアイテムだ。現代の最高峰ラッパーであるトラヴィスが手がけた「AIR FORCE 1 Low Travis Scott Sail」や「AIR FORCE 1 Low Travis Scott Cactus Jack」「AIR JORDAN 1 LOW OG SP TRAVIS SCOTT」と言ったアイテムはマニア垂涎の人気モデルとなっている。特にAIR JORDAN 1は、スウッシュが逆転した大胆なデザインが印象的だ。

PUMA、VANSを支持したラッパーも

adidasと並んで当時からストリートで人気だったと言われているのがPUMAだ。1968年のメキシコ五輪の表彰台にて、黒い手袋をした拳を突き上げ、黒人としてのプライドを世相に力強く示した陸上のトミー・スミス選手。彼が履いていたPUMA「SUEDE」が1970年代にはブロンクスの若者の間で定着していたと言う。SUEDEは素材がタフで、激しいブレイクダンスにも耐えるのでダンサーからも支持されたとの説もある。

VANSもまた、ラッパーに愛されているブランドだ。カリフォルニア州バークレーにて2004年に結成された4人組ラップグループThe Packは、直球タイトルの「VANS」という楽曲にて、彼らのラフなライフスタイルとスケート愛とともに「VANSは1966年(創業年)からずっとイケてる」「ホンモノの黒人ならVANSを履くぜ」と歌い、スマッシュヒットを記録した。

同じくカリフォルニア出身のラッパー、タイラー・ザ・クリエイターも、現在はCONVERSEと契約しているが、以前はVANSとのコラボで、彼らしいヴィヴィッドかつユーモラスなデザインのスニーカーを多数発表していた。ちなみにタイラーはスリッポンよりも断然スニーカー派とのこと。

スニーカーはヒップホップの性を象徴するアイテム

ミュージシャンがある特定のファッションブランドを愛着する例はほかのジャンルでも珍しくないが、ヒップホップにおいて独特なのは、商業的成功や社会的地位、名声に対する憧れを隠さず(「売れなくても素晴らしい作品はある」というイディオムは、ヒップホップではあまり重視されない)、また、ラップの歌詞=リリックにおいて、具体的な固有名詞や企業名を登場させるところだろう。愛する一足について歌い、ブランドとのコラボ、契約を成功として誇示する。この露骨なスタイルはたびたび事件や論争の的にもなっている。

例えば2016年の映画『キックス』は、カリフォルニアに住む貧しい少年が、奪われたお気に入りのスニーカーであるAIR JORDAN 1を街のギャングから取り戻すために暴力的な裏世界に入り込んでいく物語だが、ギャングたちの小競り合いの描写と、アポロ11号の宇宙飛行士が星条旗を立てるイメージカットが交差する様子などは、図式的過ぎるきらいはあるがアメリカという国のあくなき野心と物質主義の暗部を示唆しており、それはヒップホップが常に持っている暴力性とも重なる。劇中でウータン・クランやケンドリック・ラマーなど、古今のヒップホップの名曲がBGMとして挿入されるのも象徴的だ。

しかし、その清濁併せ呑んだダイナミズムこそが、ヒップホップを今日の人気にまで押し上げた原動力であり、音楽のいちジャンルのみならず、ファッションやライフスタイルにまで影響を与えたことは、ここまで読んでいただいた方なら納得していただけるだろう。

靴というアイテムが、ほかのファッションアイテムと比べて特異な点は、身に着けていながら自分でその全身が見られるという点ではないだろうか。落ち込んだときに下を向いて、ふと自分のお気に入りのスニーカーが目に入り、再び顔を上げる勇気を貰う ――ストリートでハードな日々を生きるラッパーたちには、折に触れてそんなことがあったかもしれない。彼らのスニーカーへのこだわりは、そんなタフネスに裏打ちされているように思えてならない。

Profile

小鉄 昇一郎(こてつ・しょういちろう)

1990年生まれ。香川県在住。トラックメイカーとしてラッパーやCM音楽などに多数楽曲提供。ソロ作品として『I MISS YOU』『STUDIO MAV THEME』、tofubeatsによるレーベルHIHATTから『Ge’ Down E.P.』などをリリースしている。また、ライターとしてヒップホップや電子音楽、インターネット・カルチャーや西日本のローカル・シーンなどをテーマに執筆活動も行なっており、『Quick Japan』、『ミュージック・マガジン』、『ユリイカ』などの雑誌/メディアに寄稿している。

https://kotetsu-shoichiro.com/

Instagram @y0kotetsu

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