シューズをテーマにオリジナル・アートワークを創作する企画「アート・オブ・シューズ」第9弾は、シーン黎明期から日本のグラフィティカルチャーを牽引してきたレジェンド、KAZZROCKが登場。まだ“何者でもなかった”若き日の彼とスプレー缶の出会いは、いかにして海外にまでその名を轟かせるに至ったのか。今改めてストリートアイコン「SUPERSTAR」と向き合って見えてきた、彼独自のアートスタイルの本質とは。

スケートボードを模してつくられたという、20cm × 60cmの細長いキャンバスに描かれたのは、疾走感のあるadidas Originals「SUPERSTAR」。バックに塗られたロイヤルブルーは、1970年代から受け継がれるadidasのスニーカーボックスがモチーフ。そしてBボーイの歴史に敬意を示すかのように、グラフィティのレタリングに用いられるラインやバブルが弾け飛んでいる。

作品を手掛けたのは、ロサンゼルスを拠点とする世界的グラフィティアート団体「CBS」に日本人で唯一のメンバーとして所属するなど、世界各国のアンダーグラウンドで広く知られるグラフィティアーティスト、KAZZROCK。その活動はグラフィティのみにとどまらず、ミューラルやキャンバス作品を制作するほか、ファッションデザイナーやオートレーサーなど多岐にわたっており、ストリートカルチャー全体を現場から活性化してきた。

ジャンルや常識、人種を越えたスターの象徴「SUPERSTAR」

KAZZROCKがグラフィティを始めたのは、1980年代後半。友人から写真集『サブウェイ・アート』を見せられ「ペンをスプレー缶に変えたら俺にも描けるはずだ」と思い、その日の内に大量のスケッチを描いたことがきっかけだった。今でこそ現代アートのひとつの手法になったグラフィティだが、当時はグラフィティという名称すら一般的ではなかった。

「今みたいにネットで調べられるわけじゃなかったから、とにかく実際に本場に行ってみるしかなかった。グラフィティって今でこそコンテンポラリーアートとして見られたりしてるけど、当時は“暴走族の落書き”くらいにしか思われてなかった時代。アメリカに行くって決めたときも、応援してくれるどころか、落書きを勉強しに行くのかってバカにされたもんだよ」

当時を振り返りながらはにかむ姿は温厚そのものだが、そこには武勇伝をいくつも隠し持っており、決して無傷でここまで来たわけではない。自分が信じるやり方で道なき道を歩み続けてきた彼が今回選んだシューズは、同じく革命的なストーリーで一世代を築いた、adidasのSUPERSTARだった。

adidas Originals SUPERSTAR/¥9,889

SUPERSTARといえば、元々は競技用として1970年に誕生。後にストリートファッションのアイコンとして大流行し、80年代アメリカを風靡するストリートカルチャーの一大要素となった伝説的なシューズである。そのきっかけになったのが、ニューヨークのHIPHOPグループ、Run-D.M.C.の「ウォーク・ディス・ウェイ」の大ヒットだった。

まだ多くのテレビ局が“黒人の音楽”を積極的に流さなかった80年代初頭、白人ロックバンドの代表格であるエアロスミスの曲を大胆にカバーして、300万枚という驚異的な売上を記録。この曲のMVには、全身黒づくめのRun-D.M.C.が紐なしのスーパースターを直履きして、エアロスミスのライブステージに乗り込んでいく印象的なカットがある。紐なしの由来は、凶器に使われないように靴ひもなしのスニーカーを履かされていた囚人を象徴しているといい、それは白人に比べて逮捕率が高い黒人や有色人種の窮状を訴える意味もあった。自分たちのやり方でマイノリティとしての現状に抗い、音楽のジャンルや人種の違いという壁を打ち破った彼らが、国民的スターになった瞬間でもあった。

それは国や業界の常識、ジャンルを越えて活動してきたKAZZROCKの軌跡とも共鳴する。「SUPERSTARは今年で生誕50年でしょ。俺とほぼ同年代だし、実際に自分が履いてきたシューズだしね」。作品にふと目を向けると、中央には、スプレー缶で描いたように液垂れしたゴールドの王冠が光っている。同じくadidasを愛用し、「ストリート界のピカソ」と呼ばれたアーティスト、ジャン・ミッシェル=バスキアへのオマージュが込められている……かどうかはわからない。しかし、そのバスキアが自分の主題について「君主、英雄、そしてストリート」という言葉を遺したことが想起される。

自分の名前やメッセージなどを街中に“書く”行為がグラフィティの真骨頂。キャンバス側面には「KAZZROCK」のタグが刻まれている

激動の時代を経た今だからわかる、アーティストにとって一番大切な「Can’t Be Stopped」

アメリカでストリートカルチャーが隆盛を極める一方、80年代の東京はというと、まだ渋谷のチーマーの到来も、裏原カルチャーも始まっていなかった。「あのころは街に隙間があったよね。グラフィティはどこでも描けたし。今から思うと、80年代から90年代始めの東京は、いろんなものが全然足りてなかった。足りていないから、自分で考えて、企てるしかない。ネットもSNSもなかったから、アーティストがセルフプロモーションしづらい時代で、途中で辞めていく奴もたくさんいた。でも俺に関していえば、情報が足りてなかったから、むしろ何も知らずにノリで始められて、のめり込めた部分はあると思う」。

週4日は都内や桜木町でグラフィティを描く日々を過ごした後、スキルの上達を求めて渡米。「はじめは単純に面白そうだし、目立ちたいと思って始めたんだけど、もっと上達したい、もっとカッコいいものを描きたいって気持ちが強くなってきて。それで金儲けしようとかじゃなくて、究極の自己満足だよね。自分のために、自分のやり方で、自分自身が心底やりたいって感じる衝動にかけるっていうのかな。90年代始めに入ったCBSというクルーは、“Can’t Be Stopped(誰にも止められない)”という意味だってことを10年後くらいに気づくんだけど、これってつまり“衝動”だよね。アーティストにとって一番大事な部分だから、このクルーに入って良かったなって今でも思ってる」。

ストリートアーティストのMEAR ONEから直々に声をかけられて所属した「CBS」時代は、ロサンゼルスのあちこちでともに描いて腕を磨いた。当時はまだあからさまなアジア人差別も残っていたようだが、そんな雑音も耳に入らないほどグラフィティに没頭したという。

自身の特集が載った当時のイギリスのストリート雑誌『BIG CHEESE』(左)と、CBSクルーが自ら手掛けていたストリート雑誌『CAN CONTROL』(右)

「クルーもみんな変わり者だし、俺は他の奴よりヤバいものを描くんだって意識は強かった。それは生き方も含めてね。でも上下関係があるわけでもないし、仲間同士で学ぶ場っていう感じで、すごく楽しかったな。とくにMEARは、90年代初頭からエアブラシみたいなのをでかい壁に見事に描いていて、すごくクオリティが高かったんだよね。それを隣で見ていたから、俺も上手くなりたいって必死だった」

ライフスタイルの変遷が新しい作風を生む

そうして確立したのが、代表作「ノーティボーイ」に象徴されるような、どこか毒々しい不穏な世界観をフリーハンドで緻密に描き込むスタイル。しかし2010年代に入ると、アヒルのおもちゃをモチーフにしたキャラクター『ダックル』や、ドラえもん、鉄腕アトム、ソニックといった有名キャラのポップなパロディ作品が続々と登場。スタイルに変化が訪れる。

「かなり前から、とにかく手数が少なくて、シンプルでインパクトがあるキャラクターをつくりたくなってたんだよね。あと大きかったのは、俺、娘がいるの。彼女がまだ小さいころに、娘がニコニコするキャラクターを描いてみたいって新しい衝動が湧いてきて。よく俺は人から『カズさんは結婚なんかしてないですよね』なんて言われることもあるんだけど、普通に結婚してて、家族大好きだからさ(笑)。そこで作品のスタイルが変わった部分もあるかもしれない」

取材で訪れた「BLOCK HOUSE」3Fのカフェ入口にも『ダックル』が飾られている。本来の毒のあるテイストにかわいらしいポップさが融合され、より研ぎ澄まされたオリジナリティを放っている

逆に、今も昔も変わらない部分は何なのだろう?

「変わらない部分はね、やっぱり悔しいんだよ、いい作品見ると。街を歩いていてもタグとか、すげえチェックする。ああ、いいライン引けてんなあとか。でもよく言うんだけど、とくにアートとかサブカルチャーって若い子が牽引したほうがいい。だから一時期はメディアの取材も控えてたんだ。先頭集団を引っ張る若い子たちの一番後ろについていきたいんだよね。ただ、その子たちに引っ張られっぱなしでいいのかというと、それも違うと思ってる」

そう謙遜するが、ストリートで東京と欧米をつなぎ、アンダーグラウンドとアートギャラリー、ショップまで横断して活躍するアーティストは今なお稀有な存在だ。年齢を重ねて、時代の流れや自分のライフスタイルが変化しても、作品を通じて「リアルでいること」を提示し続けるKAZZROCKの歩みは、今もストリートのひとつの指標になっていることは間違いない。

Profile

KAZZROCK(かずろっく)

日本国内におけるグラフィティアートの第一人者。1990年代前半、自身のスキル向上のためにアメリカに渡る。帰国後、ストリートでの活動とともに個展やCDジャケットのアートワーク、メーカーへのデザイン提供等を経て、1998年、自身のアパレルブランド「KAZZROCK ORIGINAL」を立ち上げたほか、翌年、自社「VANGUARD」を設立。2005年には全日本ロードレース選手権ST600クラスにメインスポンサーとして参加し、「KAZZROCK RACING」として自身がデザインしたレース車輌、レーシングスーツ、ヘルメットで自らレースにも参加。2016年には、アメリカのHIPHOPレジェンド、A Tribe Called Questのラストアルバムリリースを記念して、世界14カ国主要都市で同時に行われたグラフィティ制作の東京編をTABOO1と担当。現在も多方面に渡って精力的に国内外で活躍を続ける。

http://www.kazzrock.com/

Instagram @kazzrock_cbs

Gallery Information

BLOCK HOUSE

オフィス、カフェバー、そして2つのギャラリーからなる複合型スペース。2つのギャラリーでは展覧会やイベント、ファッションの展示会からライブパフォーマンスまで幅広いイベントを開催。

東京都渋谷区神宮前6-12-9

TEL: 03-6318-2003

開館時間: 展示によって異なる

休館日: 展示によって異なる

http://www.blockhouse.jp/

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