パステルトーンの鮮やかな色彩が同心円状に広がる絵画。人が描いた作品というより、機械の仕事に近い。この「描かないことで描く絵画」をはじめ、工業的でシステマティックな制作方法を探求するアーティスト、松下徹。彼の制作哲学には、スニーカーを選ぶ“極意”が隠されていた!? シューズをテーマにオリジナル・アートワークを創作する企画「アート・オブ・シューズ」第12弾!

「“絵を描かないで、描く”っていうのがテーマとしてあるんですよ。手技とかテクニックを使わずに絵を描くことで、何ができるのか。突き詰めていけば、それは絵画というより塗装に近くなります。より均一に、人の手跡を排除していくわけだから。それはいわば人間性の排除にも思えるんだけど、僕はそのようにシステマティックに生産していくことに面白さを感じてるんです」

そう語る松下徹のポリシーは、今回のコラボレーションにも反映されている。シューズの色をサンプリングして同色の塗料をつくり、それを回転するキャンバスにスプレーで吹き付けていく。システムに則った制作工程からは規則的なものしか生まれない……のかと思いきや、そうでもないらしい。

「エラーが必ず発生します。このシリーズは、キャンバスを回転運動させて自分はなるべく止まっていることでできる『絵画』です。でも、スプレーを吹き付ける位置はどうしても微妙にズレていくので、それを調整しようとすれば線に微妙なブレが生じる。また、そのブレによって色同士が混ざり合って、予期していなかった色も現れてきます。システムのなかで同じ運動を繰り返しても、厳密にはふたつとして同じものはできないんですよね」

整然とコントロールされているように見えて、線に微妙にブレが生まれ、色の狭間は複雑なグラデーションを形成している。このアナログ感もインパクトにつながっている

なるほど、松下の関心はシステムの規則性だけではなく、そこで発生するエラーにあるらしい。規格どおりに生産されているのに、個性が生まれてしまう。いや、むしろ規格という物差しがあるから、ズレ/ブレという名の個性が生まれるのだろう。つまり個性=価値は、規則性のなかから生まれてくるということだ。

「スニーカーっておもしろいですよね。基本的なかたちってほとんど変わらないし、機能だってそこまで劇的な差異があるわけじゃない。でも、色数や配色を変えるだけで『ちがうもの』って認識されるわけです。つまり、色や配色を変えることで『価値』が生まれる。そこが興味深いですよね」

スニーカーをめぐって、いま社会で起こっていること

「靴を選ぶ基準が細かく分かれはじめたのって、今から半世紀近く前のことで、現在までその流れは続いています。おそらくそれ以前は、靴を選ぶ必要があまりなかったんじゃないかと思うんですよね。なぜかといえば、モノとしての機能が明確に分かれていたから。『この仕事に適した靴はこれ』って感じで、選ぶべきものはあらかじめ決まっていて、なおかつその選択肢もせいぜい数種類しかなかった。例えば、いまはバッシュの種類もめちゃくちゃ豊富ですけど、僕がバスケやってたころは選ぶ余地なんてほぼなかったですよ。当時履いていたASICSのバッシュだったら『POINT GETTER』か『ALL JAPAN』。価格と機能で選ぶだけ」

「ところが90年代になると、NBAブームと一緒にAIR MAXブームが到来して、バッシュのデザインが豊富になりバリエーションが飛躍的に広がりました。当時はシグネチャーモデルがいくつも展開することでアイテムが増えていましたが、今はもうそれとは無関係に、色と形とその組み合わせが無尽蔵に増殖してますよね。だから選択肢の数も段違いに多くなってます。選択肢をたくさん提示して、選ばせる。資本主義/大量消費社会の基本原理なので、この流れにはもはや歯止めがかからない」

選ぶこと。一見それは能動的な行動のようにも思えるが、実は「受け身」に他ならないと松下はいう。私たちは選んでいるのではなく、選ぶように仕向けられている。消費を加速させるために。誰しも資本主義社会に生きている以上は、この呪縛から逃れられない。では、松下自身はこの現実とどう向き合っているのか?

なぜ、シューズをチョイスすることが可能なのか?

「そもそも僕は靴もあまり持ってないし、作業でも履くので、塗料がついたりしてすぐにダメになってしまう。平均寿命は3ヶ月というところでしょうか。おそらく他人よりはたくさん靴を消費していますね。それもあってか、普段自分で靴を買うときは色のついた靴を選ばないんですよね。でも今回作品をつくるにあたってどうしようかと考えたときに『自分の子どもが履く靴を選ぶ』というところでは、カラフルな靴にも前のめりになれることに気づいたんです」

松下が今回チョイスしたシューズはVANS「シンプソンズシリーズ」。風刺の効いたブラックジョークでおなじみのアメリカン・アニメーション「シンプソンズ」をプリントしたキッズシューズだ。

左から、
VANS KIDS リッポン V/¥4,400
VANS KIDS スケート ハイ ジップ/¥6,600
VANS KIDS オールドスクール V/¥4,950
VANS KIDSフィッシュ スリッポン/¥4,950

「スニーカーのなかにある色を色面分解し、それを組み合わせて描くというコンセプトでセレクトしたとき、シンプソンズシリーズのカラフルさがインスピレーションになりました。それに、子どもがカラフルな靴履いてるのって素直に可愛いですよね。僕には1歳になる子どもがいるんですけど、すぐに成長して大きくなるから、あっという間に履けなくなったりダメになったりしちゃう。でもスニーカーって本来そういうものだと思うんですよね。履けなくなるまで履くのがスニーカーの本来的な扱い方なんじゃないかって考えたら、その都度カラーを選び続けさせられる現代のライフスタイルに対して、今作のコンセプトがポジティブにリンクしてきました」

松下は日ごろ、アーティストとしてだけでなく、アートチーム「SIDE CORE」のディレクター、イベント「鉄工所フェス」のオーガナイザー、DOMMUNEなどトークイベントでのスピーカーなど、アートを軸として多彩にアウトプットしている。日常で生まれた問題意識が、そうして培われたさまざまな切り口から検証されて表現にいたるのも特徴的だ。

「スニーカーブームってヴィンテージを履くことから始まっていて、新品を履くのが良しとされたのはわりと最近のことなんですよね。たしかにAIR MAXは新品に価値があるかもしれないけど、例えば『AIR JORDAN 1』はオリジナルにこそ価値があるわけで。2000年代初頭くらいまでは、靴って汚くてもよかったんです。ボロボロのスニーカーも一種のファッションアイコンだった。でも2000年代半ばくらいからは、キレイな靴じゃないとカッコ悪いという文化が生まれてきましたように感じています」

「その変化の良し悪しを言うつもりはないです。ただ、スニーカーのあり方も社会の価値観の変化と密接に結びついてるのはたしかですね。だからスニーカーをどう認識するか、どういう選択をするかって、社会に対する自分の態度表明にもなり得ると思うんですよ。つまり『社会の中で自分がどう生きたいのか』っていう問いに対する答えが、履いてるスニーカーによって表現されるんじゃないかと」

大田区京浜島にあるアトリエ「BUCKLE KÔBÔ」。奥には円形の作品をつくるための枠がかけられている

「靴に関して言えば、僕は『なるべく選ばない』っていうシステマティックな判断を心がけています。選択肢が目の前にいくら差し出されたとしても、選ばないっていう『選択肢』だってある。資本主義の網の目は、そういう潜り方もある。それは自分なりの社会との付き合い方です。でも一方で、もちろん選択するのもアリ。つまり自覚的であれば、選んだカラーが社会からズレたりブレたりしていても、自分の個性として楽しめると思うんですよね」

アーティストに求められているのは「社会と交渉していくこと」だと松下はいう。いかに社会と付き合うか。アーティストの価値は、その自分なりの選択肢を提示できるかどうかで決まるという。たかがシューズ選びだが、されどシューズ選び。多様なライフスタイルを、足元から肯定していく。ときには“エラー”も自己表現に。どのシューズを、どんなふうに、なぜ履くのか。それは社会に対する自分自身の態度表明になる。

Profile

松下 徹(まつした・とおる)

1984年神奈川県横須賀生まれ。米軍基地や海がそばにある環境で育つ。東京藝術大学先端芸術専攻修了。高電圧電流が残した焼け跡や振り子の軌道で描いた曲線、絵具やスプレーのひび割れといった現象が生み出す動きの痕跡をコラージュした、身近な化学実験や工業生産の技術によって生まれる絵画作品を手がける。アートチーム「SIDE CORE(街のなかでおもしろいことをやろうという団体)」のディレクター。世界各国の色々なアーティストがベルトのバックルのようにつながっていくという意味で名付けられた、湾岸ベルト地帯・京浜島にあるBUCKLE KÔBÔというアトリエで活動。ここは「鉄工所フェス」の会場にもなっている。また、バンクシー特集企画などでDOMMUNEに度々出演。ストリートカルチャーと現代美術のクロスポイントにおけるスピーカーとしても注目を集めている。

Instagram @tohry417

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