前進と停止を交互に繰り返し、自動で“歩行”する左右のシューズ。ソールに固定されたミニ四駆が、歩行を爆速でサポート!と思いきや、どうも様子がおかしい? NIKE史上最も革新的なテクノロジーを搭載する最先端シューズの道行きや、いかに?! シューズをテーマにオリジナル・アートワークを創作する企画「アート・オブ・シューズ」第19弾。今回は機械を駆使する現代アーティスト、やんツーが登場!

現代人は“遅さ”に耐えられない?

遅々として進まないのだ。牛歩、いや、亀歩。その鈍重な動きは見ているだけでもフラストレーションが溜まる。ラップラインはたった数cm先。しかし、その数cm先へと到達するのにだって難儀している。まだか、まだなのか。次の瞬間、その真横を電光石火の勢いで真っ白な躯体がやおら駆け抜け、鮮やかにラップラインを通過していく。刹那、心の中で快哉を叫ぶ。気持ちいい。速度って気持ちいい。

舞台は関東郊外の大型リサイクルショップの2F。日々フリークたちがその自慢の躯体の速度を競い合っているのだろうミニ四駆のサーキット場では、その日、普段とは打って変わった異様な光景が広がっていた。全面貸し切り、伽藍堂となったサーキットコース上にぽつねんと置かれた一足のスニーカのソールには、カバーが外された剥き出しのミニ四駆の躯体が接続されている。NIKE「AIR MAX 2021」。NIKEの歴史と叡智が詰め込まれた最先端の機能を有するハイテクスニーカーは、しかし、その日のサーキット上においては寝ぼけた亀のように“ノロマ”だった。あたかも摺り足で前進するかのようにのそのそと、右がほんの少し進んだかと思えば、今度は左がほんの少しだけ進み、たかだか数十センチを進むのさえままならないように見える。刻々と浪費されていく貴重な時間。一体、これはなんなんだ?

「最も速そうで、最も軽そうな、最も先端的なスニーカーであるAIR MAX 2021を、遅くしてみようと思いました」

そう語るのは、この奇妙なオブジェの制作者、現代美術家のやんツーだ。これまでメディアアーティストとして、高校時代から好きだったというストリートアートの意匠を時代の最先端テクノロジーと高次元で接続するような作品を制作してきた。AIという言葉が今日のように人口に膾炙する以前から、機械学習システムを用いた作品を制作しているやんツーにとって、かつては存在しなかったような近未来のミニ四駆を制作することも、わけないことだったはずだ。だが、実際にやんツーが制作したのは、前近代的な速度で心もとなく鈍行する、もはやミニ四駆と呼ぶのさえ憚られる何かだった。

「僕はずっと進化を続けるテクノロジーとともに作品をつくってきたんです。自動で絵を描くロボットのようなものもそう。アーティストとして作品制作においてだけではなく、個人としてもそうで、すべてにおいて合理的であろうとしていたというか。いってしまえば、僕はずっと加速的に生きてきました。去年、世界がコロナ禍になるまでは」

グラフィティにおいて重要とされる描く/主張する主体である人間の身体を排除し、その行為の本質を再解釈する『SENSELESS DRAWING BOT』(2011)

そう、今回やんツーが「遅さ」をコンセプトとしたことにはある理由がある。その理由を紐解くためには少しだけ時間を遡らなければならない。名付けて「やんツーのビフォー・アフター」。まずは大いなる転回の前夜、2010年代のやんツーの話を聞こう。

「僕は大学時代にメディアアートを専攻していたこともあり、制作において作品を実装するときはほぼ無意識にテクノロジーを使うことを選択していました。効率よく無駄を省き、より速く遠くに創造力を飛躍させるための便利で合理的な手段として。新しいテクノロジーを積極的に使うことは、同時に芸術や社会そのものも進歩させていくことができるのではないかと思っていて。だから、ポスト資本主義として加速主義という立場が注目を浴びていたときなども、それまで考えていたこととの親和性が非常に高かったので、僕は割と違和感なく受け止めていたんです」

加速主義とは哲学者ニック・ランドなどに代表される思想潮流。ざっくり要約すると「社会変革を起こすためには現在の資本主義をむしろ拡大し加速させるべきだ」とする主張を指す。

「テクノロジーを加速させることで、地球環境が悪くなったり、格差が開いたりしたとしても、正直それはもうある程度仕方ないと思ってた節があります。それ以外の効率のいい社会システムが考えられない以上、何か問題が発生しているならテクノロジーをさらに加速させることで解決するしかないだろう、と。遅いのは悪で、速いのは善なんだ、と。実際、2020年の3月に僕が制作したインスタレーションのタイトルは『加速した』というものでした。加速主義とセットで語られる「Vaporwave」という音楽ジャンルのヴィジュアル要素として頻出する、西洋の石膏像やブラウン管のテレビなんかを高いところから床に落として大破させるというもので、まさに加速主義を地でいくような作品だったんです」

この投稿をInstagramで見る

やんツー(@yang02)がシェアした投稿

『加速した』(2020)大破する様子は3枚目の動画で見ることができる

実際、それまではそれで問題はなかったのだ。メディアアート由来の脱人間中心主義的な思想を背景としながら、やんツーは大学卒業以来、アーティストとしても順調にキャリアを積み重ねていた。この調子で常に時代の先端と呼応し、新しいことに挑戦し続けていれば、もっともっと上を目指していける。そう思っていた。

しかし、風雲は急を告げる。

「シンプルにいってしまうと僕の他者を思いやる想像力が足りてなかったんです」

時は2020年、それまでのやんツーの暮らし、そして価値観が、無残にも床に叩きつけられたオブジェたちのように、木っ端微塵に大破することになる。

速すぎる毎日の危うさを実感した、公私の“コースアウト”

2020年はやんツーにとって2つの意味において忘れられない年となった。

1つ目はパンデミックだ。インスタレーション『加速した』の発表と期を前後して、日本を含む世界がコロナ禍という未曾有のトラブルに包囲された。激変した世界のノーマル。やんツーの日常もまた、否応なしに大きな変化を被ることとなる。

「コロナ禍になって色んなことにブレーキが掛かりました。展覧会がいくつも延期になって、大学の授業はリモートになって。でも人々の活動が部分的にでも止まったことで空気が澄んで、これまで何十年も見えなかったヒマラヤ山脈が見えるようになったり、無人化した大都市を山から降りてきた動物が徘徊したりというニュースも流れてきて。ああ、そっか、と思いました。いずれもコロナが障害となって僕たちの暮らしが遅くなってしまったからこそ生じた現象だったわけですけど、じゃあこの『遅い』ということはどういうことなんだろうと考えるようになったんです」

今作は“脱成長”の重要性を提言してベストセラーとなっている斎藤幸平著『人新世の資本論』からも大きなインスピレーションを得ている

このときすでに従来の価値観はひび割れ、その亀裂から転回の種は萌芽しつつあった。ここで、さらにダメ押しとなるような事件が起こる。2つ目の理由だ。

「実は自分の暮らしにおいても不具合が起こり始めて。端的に言うと離婚したんです。子どもがいる状況での離婚ですから、かなりつらく苦しいもので、この離婚を機に僕はこれまでの生き方を猛省せざるを得なくなりました」

2020年夏以降、最初の緊急事態宣言が開けるとともに延期となっていた複数の展覧会が一気に開催されることとなった。停滞の日々から一転、多忙な日々を送ることとなる。

「展覧会のための制作や大学の業務で忙殺されることは以前から多々あることだったし、一概にコロナ禍が原因とはいえないにしろ、自分が妻や仕事に対して抱く期待や、理想と現実の乖離がこの状況下で一気に増幅されていったことが原因かもしれません」

なにより、先へと進んでいくためには、立ち止まってなどいられない。より速く、より多く、より新しいものを生産しなければならない。進歩することが正しく、そのことに疑いの余地はなかった。もはや強迫観念と化した思想に突き動かされ、立ち止まれずそのまま加速していき、ついには自身のインスタレーションのような結末を迎えてしまった。

「世界との関わり方を含めて、一から考え直さなければいけないと思いました。もっと他人を思いやりながら生きていかなきゃいけない、と。ただ、そういう丁寧な暮らしを営むためには時間が必要です。誰かのため息に気づくには余裕が必要で。それで、スローダウンすることをまず自分に啓蒙しなければいけない、と思ったんです。家族や友人、あるいは地球環境との関係を、もう一度、再設定するためにも」

肝となるのは小型の超低速モーター。通常のミニ四駆用サイズのモーターボディ、アジャスターなどを含め、今作のためにつくられたパーツはすべて3Dプリンターで精密に出力されたオリジナルパーツだ

“無駄”にこそ豊かさがある

離婚後、やんツーは4歳の愛息と月に一度しか会うことが許されなくなった。ある面会日、二人が向かった家電量販店で、ミニ四駆のサーキットを発見する。

「僕はミニ四駆世代ではあるんだけどまったくやったことがなかったんです。ただ、息子が『これやってみたい!』と言うから『じゃあ、やってみようか』となって。その場でミニ四駆を購入し、組み立て、走らせてみたんです。そしたらものすごく面白くて興奮した。こんなに小さなものが目にも止まらぬ速さで走っている。一気にアドレナリンが出て、しばらくは息子と同じテンションで楽しんでいたんです」

速度というものは魅力的だ。たとえばアートの歴史においては、20世紀初頭のイタリア未来派もまた速度に深く魅せられた芸術潮流だった。また未来派は現代の機械文明、都市文明を賛美していたことでも知られる。その意味ではやんツーにどこか重なる存在ともいえるだろう。だが、彼らは歴史上重要な芸術作品を多く残した一方で、戦争を肯定し、軍国主義へも傾倒していた。結果的に未来派が描いていた楽観的な未来像は、ファシズムの台頭とともに軍靴の足音のうちに飲み込まれてしまった。

「危ないって思いました。自分はまたもや速度に魅せられている、と。速さって何か人間の本能的なところに訴えかけてくるところがあって、僕はそこに動物的に反応していることに気づきました。この『速さ』こそ至上の価値であるミニ四駆に、『遅さ』という逆のベクトルを与えてみたらどんなことが起こるんだろうと考えたんです」

こうして「遅いミニ四駆」は制作された。そして今回、その躯体にNIKEのAIR MAX 2021が搭載されたのだ。

アトリエに設置された数種の3Dプリンターと、試作中の様子。超低速モーターはあまりにも遅すぎて、ミニ四駆の速度メーターではエラーと判定される

「僕は高校時代はバスケ部で、最初に買ったバッシュがAIR JORDAN 13だったりと、NIKEというブランドは昔から好きなんです。シューズの機能性も非常に高いし、グローバル企業として常に世界の先端的な価値観に呼応していこうとする姿勢もすごいなと思ってます。だから、そのNIKEのプロダクトの中でも最も先端のスニーカーを遅くしてみたかった。見た目や機能とは逆の表現をすることで、オルタナティブな可能性を開きたかったんです」

冒頭にも書いたように、いざそれを走行させてみると、実に遅いのだ。その光景は明らかに人間の快感原則に反している。ありていに言うとイライラする。しかし、鑑賞者がそう感じてしまうこと自体がこの作品の重要な仕掛けでもあるのだ。

「僕はその感受性そのものを変えていかなきゃいけないと思ってるんです。なによりもまず自分自身に『遅さ』を焼き付けたい。たしかに速度に魅せられるというのは本能的な部分もあると思うけど、何もかもが速やかで合理的でなければならないというのは、教育やメディアに触れる中で刷り込まれた価値観だとも思うんです。だから強引に速度を下げて、まずはそこに慣れてみよう、と。そうすることでテクノロジーが発達する中で失われてしまった豊かさを取り戻したいんです」

それは多分、進歩の否定ではない。事実、やんツーが制作したミニ四駆は、低速ながらも少しずつ、前に向かって進んでいる。ノロマ、いや「悠然」と書くべきなのだろう。また同時に、それはNIKEが持つスポーツシューズブランドとしての歴史の豊かさを表す「余裕」のようにも見える。世界で最も機能的なシューズは、何も全速力で効率よく走る足ばかりを支えてきたわけではない。それは同時に、寄り道だらけの散歩道を歩く不合理な無駄足をも支えてきたはずだ。

NIKE AIR MAX 2021/¥19,250

「だから最近の個人的なテーマは『頑張らないことを頑張る』だったりします。と言いながら、まあ結局、頑張ってばっかなんですけど。何事もやってみると矛盾が生じるんですよね。そうした矛盾さえ引き受けて葛藤しながらやっていくしかないのかな」

そう言って、照れたように笑う。気持ちのいい人だ。やんツーのこの変節を「エコロジカルターン」と揶揄する人もいるというが、変わることを恐れるものの言葉など気にする必要はないだろう。

奇しくもNIKEもまた変節の時を迎えている。今回、やんツーが選んだAIR MAX 2021は、NIKEの「MOVE TO ZERO」という二酸化炭素と廃棄物ゼロを目指すプロジェクトの一環としてリリースされたものなのだ。その生産においては消費社会の中で廃棄された再生素材、言わば無駄として切り捨てられた素材が用いられている。すると、ここにも矛盾があることに気付く。やんツーはこれまで排除してきてしまった無駄に今あらためて向き合おうとしていると言っていた。だが、ひとたび無駄に向き合った瞬間、その無駄はもはや無駄ではなくなるのだ。

Profile

やんツー

1984年、神奈川県生まれ。2009年多摩美術大学大学院デザイン専攻情報デザイン研究領域修了。セグウェイが作品鑑賞するインスタレーションや、機械学習プログラムを導入したドローイングマシーンなど、人間の行為を情報技術が代替する自律型の装置を作品として制作。デジタルメディアを基盤に、人間の身体性や表現の主体性を問う。菅野創との共同作品『SENSELESS DRAWING BOT』で、第15回文化庁メディア芸術祭アート部門新人賞(2012)を、同じく『アバターズ』で第21回優秀賞(2018)を受賞した。

Instagram @yang02

記事内のアイテムをチェック
記事内のアイテムをチェック

Related Item 関連商品

Related Story

同じシリーズ一覧を見る

Shoes × Culture

同じカテゴリー一覧を見る