一棟のビルを自力で建設し続け、「三田のガウディ」とも称される“セルフビルダー”岡啓輔。「即興の建築」をビジョンに掲げ、全体設計図を引かず“踊るように”建築しているという。そんなユニークな建築家にして職人の岡が、RED WING「POSTMAN」とコラボした今回。果たしてそれはどのような作品なのだろうか? シューズをテーマにオリジナル・アートワークを創作する企画「アート・オブ・シューズ」第21弾!

東京都港区、三田。坂道の途中にたたずむ、極めて独創的なビル最上部に登ると、そこは未完成ゾーン。各所から鉄筋が飛び出していて、コンクリート打設中の木枠がくくられている。そのうちの一部が今回のアートワークだ。なんと今作は、建築家・岡啓輔の手による一大セルフビルド建築「蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)」に埋め込まれた、異質な作品である。

スポンジを押し当ててつくられた、ボコボコしたコンクリート柱の上部に、2週間前に仕込んだという今回の作品がある。木枠を取り外すと、ついに作品のお披露目だ。

ビニール越しに当てられたシューズをよけると、艶のあるコンクリート面に、一足の靴底の跡がしっかり刻印されていた。靴跡の周りはモコっとした膨らみ。自然と拍手が起きる。「顔みたいでしょ」と岡。なるほど、パックマンを彷彿とさせる顔型のレリーフは、地を踏み締めるはずの靴底が垂直に刻まれ、シュールなインパクトをたたえ微笑んでいるかに見える。

今回、岡のプランニング・サポーターとして協力した吉田山は、「スニーカーやブーツは基本的に野外で履くもの。ストリート性を重視したときに、日本最大のストリートアートである蟻鱒鳶ルとシューズがリンクしました」と語る。地上10メートルの壁面に刻まれた、靴底によるポップ・レリーフ。その“無重力舞踏”の足跡をたどるべく、まずは蟻鱒鳶ルに込められた即興性を紐解いていこう。

17年間セルフビルドし続ける“200年耐用の愛”

「日本のサグラダ・ファミリア」とも呼ばれるこの建築は、その異名の通り、着工してから17年目にして未完成。それもそのはず、一般の建設業者などに頼らずに、岡が一人「セルフビルド」(住宅を自分自身で建てること)で、しかも「完成図を描かないまま」即興的につくり続けている建築物だからである。

とはいえ、三田一帯の再開発に伴い、数年後には完成させる必要があるそうだ。そのため現在の蟻鱒鳶ルは、工事現場でよく見るような仮囲いとシートに包まれており、その中では急ピッチで建設作業が進められている。

「こんなに遅くなるとは思いませんでした。もっと早く完成させるつもりだったんだけどなぁ……。でも、完璧な設計図を書かずに、つくりながら考え、考えながらつくっていきたい。その気持ちはずっと変わっていません」

岡啓輔(右)、吉田山(左)。作品はまだ床のできていない、仮設の足場が組まれた4階相当部分の壁面に埋め込まれた

ビルの内観は、地下1階から地上4階まであらゆる細部がうねうねとつくり込まれており、上下左右どこを見ても無限とも言える情報量が詰まっている。しかも、これがすべてセルフビルドなのだ。その驚異的な創作のエネルギーにあてられたのか、なんだか平衡感覚を失って、頭がぐわんぐわんとしてくる。

そんな蟻鱒鳶ル最大の特徴がコンクリートだ。そもそも、蟻鱒鳶ルは完全な鉄筋コンクリート造り。コンクリートは岡の手製で、市場に出回るものより水分量がグッと抑えられているため、非常に質が高い。生成は困難を極めるが、手触りはガラスのように滑らかで、造形性にも富んでいる。岡によると、いま日本でつくられている鉄筋コンクリートの平均寿命は50年に及ばないが、蟻鱒鳶ルのコンクリートは200年から300年は保つと鑑定されているそうだ。それはすなわち、居住する人々の安住を願う愛の深さに他ならない。

重力に逆らいながら、まるで自己増殖するかのように縦横無尽に展開されるコンクリート柱。オリジナルコンクリートの圧倒的な強度が、“踊るように”自由な即興建築を可能にしている

また、壁面には至る所に装飾が施されている。「モダニズム建築以降は必要ないと排除されてきた装飾だけど、僕は建築界の中で装飾を考え直す係だと思っています。実際、装飾というのは住む人々への想いが込められた証で、それは建築家やデザイナーでなく現場で手を動かす職人だからこそ思いつくものだと感じるし、装飾をつくるのは僕の楽しみでもある」と岡は語る。

しかも、一つひとつの装飾に込められたエピソードが面白い。例えばハート型の部分は、一時期建設を手伝ってくれていた大学生に彼女ができたから。あるいは、一週間分の弁当のプラスチック箱で型を取ったり、友人が「捨てておいて」と持ってきた波板や、もらった山ぶどうのツタをぐるぐる巻きにして使用したりしている。つまり、そのときその場に集った人たちの想いやアイデアで、場当たり的に決まる要素が大きいのだ。エゴイスティックな閉鎖性や、合理主義的な画一性とは無縁の開放的な建築スタイル。岡が蟻鱒鳶ルを「即興の建築」と呼ぶゆえんである。

手伝ってくれる作業者の“アドリブ”で加えられる装飾も多い。なかには、「タモリ倶楽部」で訪問したタモリさんがつくった装飾も

職人の即興クリエイティビティを支える“宝物”

今回、岡と吉田山がABC-MART GRAND STAGE銀座店でチョイスしたのが、いわずと知れたワークブーツの王道ブランドであり、創立120年近い歴史を誇るRED WINGのレザーシューズだ。モデルは「POSTMAN」。その名の通り、ポストマン=郵便配達員のシューズとしてアメリカで履かれてきた歴史を持つ。では、そんなポストマン・シューズを選んだ理由はなんだったのだろうか?

「まず、僕は日々現場で作業をする職人でもあるので、労働者用の靴、ワークシューズがいいと思いました。次に頭によぎったのが、フェルディナン・シュヴァル。彼はフランスで『シュヴァルの理想宮』と呼ばれる建築物を30年以上の歳月をかけてセルフビルドした人物です。何よりシュヴァルはいわゆる建築家ではなく、生涯を通して一介の郵便配達員、つまりポストマンだったんですよ」

シュヴァルの理想宮 “Palais Idéal – mai 2014 – 6” by Benoît Prieur is licensed under CC BY-SA 4.0

いうまでもなく、長い建築期間やセルフビルドなど、シュヴァルの理想宮と岡の蟻鱒鳶ルには通じ合うものがある。さらに、シュヴァルが郵便配達員だったことにちなんだポストマン・シューズのチョイスは、コンセプトとしてとても鮮やかだ。

「RED WINGは昔愛用していたことがありますし、一番宝物に感じるリッチなブランド。緊張するほど宝物感があるシューズの痕跡ならば、その思い入れごと蟻鱒鳶ルに埋め込んでしまうのがいいような気がしたんです。きらびやかなスニーカーもカッコいいけど、どうしても消費物という感じがするし、現場作業には向いてない。でも、このシューズはずっと履けそうで、一張羅のワードローブを大切に補修しながら着続けているような僕の性にも合ってるのかなと」

実際に来店してセレクト。着用している作業用ズボンは、破れる度に手縫い補修して10年以上着用している。これまで手縫いに費やした時間は2000時間以上にも

RED WING POSTMAN OXFORD/¥38,500

オリジナリティは“逆算しない”からこそ生まれる

そんな職人気質をにじませ語る岡だが、歩んできたキャリアは実に曲折浮沈。これまでに数々の職能を会得してきた。九州の有明工業高等専門学校を卒業後、まず会社員として住宅メーカーに勤務。そこを22歳で辞めると、生まれつき身体が弱かったにもかかわらず職人の道へ。職人時代、一通り建築を自力で建てるための技術を身につけた。それからこの土地を購入し、蟻鱒鳶ルを自力で建て始めることになる。ただ、その途中で舞踏をやったり、高円寺で「岡画郎」というウィンドウギャラリーを8年運営していたりと、さまざまな寄り道をしているように見える。

「僕は、放っておくとすべての選択を自分ひとりで決めて進んでしまうような男なんです。昔はよく、『岡の近くにいくとチャクチャク(着々)と音がする』と言われましたよ。そんな自分がイヤで、『誰かに言われたことをやってみよう!』と考えたんです。ギャラリーの運営もセルフビルドの構想も、人に提案してもらったのがきっかけですね」

例えば踊りを始めたのは、岡の建築の師匠・倉田康男に怒られたから。当時、建築の勉強にのめり込んでいた岡に、倉田は「建築だけやっていて建築家になれるほど、建築は甘くない」と助言。1年間の「建築禁止令」が敷かれ、その間にダンサーの和栗由紀夫から「暇なら踊ろうよ」と誘われた。結果、それがすごくいい経験になったそうだ。そうした舞踏の身体性や即興性が、蟻鱒鳶ルの建設に大きく影響を与えていることは想像に難くない。

山海塾『かげみ』(セルバンティーノ国際芸術祭、2006年) “Sankai Juku3” by Carlos de las Piedras is licensed under CC BY 2.0

舞踏(暗黒舞踏)は、和栗由紀夫も師事した日本の舞踊家・土方巽を中心に形成された、振付や型のない即興的な前衛舞踊の様式。海外ではButoh(ブトー)と呼ばれ、日本独自の伝統と前衛芸術を混合したダンスのスタイルとして世界的に認知されている

「着々」とこなしてしまう人だからこそ、他者がもたらす想定外の要素も進んで受け入れる。今回のアートワークだって、この企画を岡が柔軟にインストールしてくれたから実現したものだ。やるべきことを地道に積み上げながら、その時々の感覚に即興的に従い、他者や偶然性に開かれること。そうしたアティテュードが、この唯一無二のキャリアと蟻鱒鳶ル、そして今回のポップ・レリーフを生み出したのだろう。

型取りで使ったシューズに付着する粉塵を丁寧に払い、「蟻鱒鳶ルのコンクリートみたいに、やっぱりいいものを長く使いたいね」と岡は笑う。これからそのポストマン・シューズがじっくりエイジングされ、“一点モノ”としての魅力を増していくように、蟻鱒鳶ルはその靴跡とともに変化を重ねながら、オリジナリティを深めていくに違いない。ひと足早く完成をみたアートピースは、職人の「200年愛」を託され、竣工を待ちわび微笑んでいる。

Profile

岡 啓輔(おか・けいすけ)

1965年、九州柳川生まれ、船小屋温泉育ち。一級建築士。86年有明高専建築学科卒業。会社員、鳶職、鉄筋工、型枠大工、住宅メーカーなどを経験、88年から高山建築学校に参加、現在も続けている。95年から2003年まで「岡画郎」を運営。20代、舞踏家・和栗由紀夫に師事し踊りを学ぶ。03年、「蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)」案が「SDレビュー」入選。05年、東京・三田で「蟻鱒鳶ル」着工、現在も建設中。18年、筑摩書房から『バベる!自力でビルを建てる男』を出版。同年にはアメリカでの個展を開催。手作りの良さを大切にする「アーツアンドクラフツ」精神が根付くイギリスの建築界から熱烈に支持されるなど、海外の評価も高い。

Instagram @okadoken

Profile

吉田山(よしだやま)

富山県生まれ、アルプス育ち。東京在住。散歩詩人としてフィールドワークを行い、その一環として展覧会企画やアートスペース運営など、多面的な活動を展開中。2018年から「同路上性」をテーマに掲げるギャラリー&ショップ「FL田SH」を渋谷区外苑前に立ち上げ、展示の企画と運営を行なっていた。現在は場所を失ったFL田SHとともに都市を漂流し、各地で展覧会を企画している。また、パフォーマンスのコレクティブであるKCN(kitchen)のメンバーとしても活動している。近年の主な活動としては、「FLUSH-水に流せば-」(EUKARYOTE、東京、2021)、個展「鱗が目」(オンライン、2020)、「芸術競技」+「オープニングセレモニー」(FL田SH、東京、2020)、展覧会企画「インストールメンツ」(投函形式、住所不定、2020)、KCNライブパフォーマンス 企画「台所革命 January revolution」(渋谷PARCO Gallery X、東京、2020)など。

Instagram @yoshidayamar

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